後発医薬品の承認審査で先発薬の特許を考慮する「パテントリンケージ制度」の課題を整理した厚労科研報告書が2026年7月に公開された。判断基準の不透明さと専門家関与の欠如を正式に認めた初めての行政文書であり、製薬・バイオ・素材系の中小メーカーの知財戦略に直接影響する内容だ。
「パテントリンケージ」とは何か——中小メーカーにも無縁でない理由
「パテントリンケージ」という言葉は医薬業界の専門用語として聞こえるが、その本質は「特許の有効性を薬の承認審査に連動させる仕組み」だ。後発医薬品(ジェネリック)が市場に出るとき、行政がその製品と先発薬の特許の抵触を確認し、必要に応じて承認を保留するという流れになる。
日本のパテントリンケージ制度は法律ではなく、平成21年(2009年)に厚生労働省が発出した「二課長通知」と呼ばれる行政通知を根拠に運用されてきた。後発医薬品の承認審査時と薬価収載時の2つの局面で先発薬の特許との調整を図る仕組みだが、条文が存在せず、判断基準も法定されていない。
この制度が中小メーカーと無関係に思える理由は「大手製薬会社の話」というイメージによる。しかし実際には、製剤技術・製造装置・添加剤・分析手法などを手がける中小の素材・機器メーカーが持つ「用途特許」や「物質特許」も、パテントリンケージの対象特許に含まれ得る。先発メーカーとライセンス契約を結んでいる企業、あるいは自社技術を製薬会社に提供している企業は、自分たちの特許がこの制度の枠組みでどう評価されるかを意識しておく必要がある。
報告書が示した「現行制度の3つの穴」
2026年7月8日に厚生労働科学研究成果データベースへ公開された報告書「医薬品特許情報の専門的評価の枠組み構築に向けた調査研究」(研究代表者:加藤浩、令和8年5月)は、現行制度の行政的課題を3点に整理している。
第一に、「対象となる特許の範囲が明確でない」という問題だ。物質特許と用途特許のどこまでをパテントリンケージの審査対象とするかの定義が、通知レベルでしか定められておらず、個別事案ごとに厚労省が内部判断を下してきた。第二に、「特許抵触の有無を承認前に司法判断で確認できない」という構造的問題がある。承認申請の段階では訴訟を起こしても仮差止めに持ち込みにくく、先発・後発双方とも法的予見可能性が低い。第三に、「医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組みがない」という点だ。現在、特許の解釈は特許庁でも裁判所でもなく、薬事行政を担う厚労省が内部で判断している。知財の専門性が審査プロセスに制度的に組み込まれていない。
これら3点の課題は知財関係者の間で長年指摘されてきたが、厚労省の研究班が正式な行政文書として認めたのは今回が初めてとなる。「行政が公式に認めた」という事実は、今後の制度改正議論のスタート地点として大きな意味を持つ。
- 対象特許の範囲(物質特許・用途特許の定義)が不明確
- 承認前に司法による特許抵触判断を得る手段がない
- 特許専門家の意見を反映させる制度的仕組みが存在しない
報告書が提言する「専門委員制度」の概要
報告書が提言する最大のポイントは「専門委員制度」の創設だ。厚生労働省が後発医薬品の承認審査において特許抵触の有無を判断する際に、医薬品特許に精通した専門家(弁理士・知財弁護士・学識経験者など)に意見照会できる仕組みを設けるというものだ。
あわせて報告書は、先発品の「物質特許」および「用途特許」の定義・範囲の明文化(案)と、専門委員が用いる「特許抵触リスクに関する評価基準」(案)の策定を提言している。これが実現すれば、どの種類の特許が審査に影響するか、またその抵触リスクをどの基準で評価するかが、初めて文書化されることになる。
制度化の時期については現時点で公式なスケジュールは示されていない。ただし、アミティーザ後発薬訴訟(知財高裁で第三者意見を募集中)など医薬品特許をめぐる司法・行政双方の動きが重なっており、近い将来に通知改正や法制化論議へと発展する可能性が高い局面にある。
中小メーカー・知財担当者が今すぐ取るべき4つのアクション
本報告書の公表は「医薬業界の話」で終わらない。製薬・バイオ・医療機器に関わるサプライチェーン全体——製造受託企業、添加剤・原薬メーカー、分析機器・装置メーカー、ライセンサー——に制度変更のリスクと機会が生じる。特許活用を検討している中小企業の知財担当者は、以下の視点でポートフォリオを点検することを検討してほしい。
第一に「自社特許がパテントリンケージの対象になり得るか」の仕分けだ。医薬品の有効成分や用途に関わる技術(製剤技術・DDS・製造プロセス特許)を持つ場合は、先発・後発どちらとのライセンス関係でも影響を受け得る。第二に「契約書のリスク条項の見直し」だ。先発メーカーとの技術供与・ライセンス契約に、パテントリンケージ審査に関する条項が十分に整備されているかを確認したい。第三に「将来の評価基準策定を先取りしたクレーム設計」だ。今後、物質特許・用途特許の定義が明確化されれば、それに合わせた特許クレームの書き方が変わる可能性がある。新規出願を検討中の場合は専門家に相談する価値がある。第四に「情報収集の継続」だ。本報告書の提言が通知改正や法制化に進む際には、パブリックコメントなどの機会が設けられる見込みだ。経済産業省・特許庁・厚生労働省の各サイトとINPITの情報を定期的にウォッチしておきたい。
なお、本稿は制度の概要と実務上の視点を整理したものであり、個別案件の法的判断を示すものではない。具体的な出願戦略や契約対応については、弁理士・知財弁護士などの専門家に相談されることを強く推奨する。
- 自社特許がパテントリンケージの対象になり得るか仕分けする
- 先発・後発メーカーとのライセンス契約のリスク条項を見直す
- 物質特許・用途特許の定義明確化を見越したクレーム設計を検討する
- 通知改正・法制化の動向をINPIT・厚労省・特許庁で継続ウォッチする
よくある質問
Q. パテントリンケージ制度は製薬会社以外の中小企業にも関係しますか?
A. 製薬会社へ技術供与・ライセンスしている素材・製造装置・分析機器のメーカーや、製剤技術・DDS(ドラッグデリバリーシステム)関連の特許を持つ企業は対象特許の保有者になり得ます。自社の特許が医薬品の有効成分や用途に関連する場合、制度改正の影響を受ける可能性があるため、ポートフォリオの点検が有益です。
Q. 「物質特許」と「用途特許」の違いは何ですか?
A. 物質特許は化合物や素材そのものを保護するものです。用途特許は既知の物質を特定の用途(例:ある疾患の治療)に使用することを保護するものです。パテントリンケージでは、どちらの特許が後発品の承認審査で考慮されるかが論点となっており、今回の報告書はその定義を明確化することを提言しています。
Q. 報告書の提言はいつ制度化されますか?
A. 現時点で厚生労働省から公式なスケジュールは示されていません。通知改正か法制化かによって手続きも異なります。制度化の際にはパブリックコメントが実施される可能性があるため、厚生労働省・特許庁・INPITの情報を定期的に確認することを推奨します。
Q. 自社の特許がパテントリンケージに関係するか確認するにはどうすればよいですか?
A. まず自社の特許クレームが医薬品の有効成分(物質)または特定疾患への使用(用途)に関わるものかを確認します。次に、先発メーカーとのライセンス契約や技術供与契約の内容を精査します。判断が難しい場合は弁理士や知財弁護士など専門家への相談を強く推奨します。本稿は法的助言を提供するものではありません。
出典:「医薬品特許情報の専門的評価の枠組み構築に向けた調査研究」報告書公表——日本型パテントリンケージ制度の抜本的見直しを提言(厚生労働科学研究成果データベース、2026年7月8日公開)
