生成AIと「声・肖像」、法改正が動き出す

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生成AIによる著名人の声・肖像の無断利用が相次ぐ中、経済産業省は2026年10月13日に第31回不正競争防止小委員会を開催し、「声」と「肖像」を不正競争防止法の保護対象として法文に明記する検討を本格化させた。法改正が実現すれば、AIコンテンツの制作・活用に取り組む企業は対応を迫られる。

何が起きているのか——審議会が動き始めた背景

経済産業省は2026年10月13日、産業構造審議会 知的財産分科会 不正競争防止小委員会(第31回)を開催した。この委員会は2026年8〜9月にかけて集中的に審議を重ねており、声優・俳優・芸能事務所団体などからヒアリングを行ってきた。

議論の火種となったのは、生成AIを使って著名人の声や顔を本人の許諾なく再現し、SNSや動画プラットフォームで拡散・収益化するケースの急増だ。経済産業省は2026年10月18日、不正競争防止法で保護する対象として「声」や「肖像」を明記できないか検討を始めたと正式に表明した。

現行の不正競争防止法には「声」や「肖像」という文言は存在しない。一定の有名人については、周知表示混同惹起行為(不競法2条1項1号)や著名表示冒用行為(同2号)として保護が及ぶ場合があることを経産省が2025年に整理しているが、知名度が高くない実演家はこの枠組みでこぼれ落ちやすいという構造的な問題がある。

現行法の「穴」——なぜ保護が難しいのか

現行法の下では、声や肖像が不正競争防止法で保護されるためには、まず「商品等表示」として自他識別力・出所表示機能を有することが要件となる。つまり、その声や顔が「商品やサービスの出所を示すものとして広く知られている」必要があり、有名俳優や一線級の声優でなければ要件を満たしにくい。

さらに、経済産業省が2025年に公表した整理資料によれば、現行不競法の考え方から想定し得る適用事例は「生成AIで肖像を使った写真を販売した場合」や「声を再現した生成AIに持ち歌ではない曲を歌わせて動画投稿プラットフォームで公開した場合」などに限定されており、グレーゾーンが広く残る。

2026年9月11日の第30回小委員会では、日本俳優連合・声優有志・日本声優事業社協議会などが現行法の限界・被害額の試算・権利行使の困難さを示す資料を提出した。「顧客吸引力」という基準では大多数の声優が保護対象から外れてしまうという実態が改めて可視化された。

  • 現行不競法で保護が及ぶケース:声・肖像が広く知られた「商品等表示」として機能している著名人
  • 現行不競法でこぼれるケース:知名度が限定的な実演家・声優、AIによる出所表示を伴わない模倣
  • 法務省の整理(令和8年8月):「声」はパブリシティ権の対象になり得ると明示
  • 経産省が検討する追加措置:不競法の条文に「声・肖像」を明記し、違法行為を明確化

企業の知財担当者が今すぐ点検すべき3つのポイント

法改正の行方はまだ確定していないが、議論の方向性は「規制を明文化する」ことに向かっている。審議の速度を見ると、2026年8〜10月に集中的に回数をこなしており、法案要綱のとりまとめが近づいている可能性がある。自社が生成AIをコンテンツ制作・広告・接客ツールなどに活用しているなら、今のうちに社内の取り組みを点検しておくことが得策だ。

第一に確認すべきは「学習データの権利クリアランス」である。外部の音声・画像データを生成AIのファインチューニングや推論に使っている場合、そのデータが本人の許諾のもとで提供されたものかどうかを契約書レベルで確認する必要がある。特に商用利用で本人を特定できる声や顔が含まれる場合、法改正後は権利侵害のリスクが大幅に高まる。

第二は「生成物の出力ガイドラインの策定」だ。自社でAIツールを使って広告素材・動画・音声コンテンツを制作する場合、「特定の人物を模倣するような出力を禁止する」旨を明文化した社内ルールを整備しておく。経産省の整理資料にある4つの典型事例(肖像を使った写真の販売、声を使った動画投稿など)を参照しつつ、自社のユースケースに照らしてチェックリストを作ると実務に落とし込みやすい。

第三は「ライセンス交渉の余地を確保する」視点だ。本格的に声優や俳優の声・顔を活用したい場合は、法改正を待たずに当事者・事務所との書面によるライセンス契約を締結しておくことが長期的なビジネスリスクの低減につながる。法改正後に遡って問題化するケースを防ぐため、許諾の日時・範囲・対価を明確に記録しておくことも重要だ。

企業が今すぐ取れる3ステップ対応
1
Step 1:学習データの権利確認
生成AIに使用している音声・画像データが、本人の許諾に基づくものか契約書レベルで確認。商用利用に限らず、本人特定が可能なデータは要チェック。
2
Step 2:社内出力ガイドラインの整備
「特定人物の声・顔を模倣する出力を禁止」する旨を社内ルールに明文化。経産省が示す4つの典型事例をチェックリスト化して活用する。
3
Step 3:必要なら書面ライセンス契約を締結
声優・俳優の声・顔を本格活用する場合は、法改正前でも当事者・事務所との書面契約を締結。許諾日時・利用範囲・対価を明確に記録する。

中小メーカー・コンテンツ企業への実務的な意味

このニュースは一見「芸能界や大企業の話」に見えるが、中小メーカーや中堅コンテンツ企業にとっても無縁ではない。たとえばEC向けのプロモーション動画を制作する際に生成AIで声をあてる、インフルエンサーの声や顔のスタイルを模倣した広告素材を生成する、自社製品の紹介音声として著名人風のAI音声を使うといった場面は、すでに中小企業でも現実に起きている。

法改正が実現し「声・肖像」が不競法上の保護対象として明記されると、現行の「グレーゾーン」だった行為が違法として差止請求・損害賠償請求の対象になる。また、侵害が故意・悪質と判断されれば刑事罰の対象となる可能性もある。コスト削減や訴求力向上を目的として生成AIを活用すること自体は否定されないが、「誰の声・顔を使っているか」について意識的である必要がある。

逆に、自社が俳優や声優を起用したオリジナルコンテンツを持っている場合、法改正は「守り手」として機能する。たとえば自社製品のイメージキャラクターとして登用した声優の声を競合他社がAIで模倣した場合、法改正後は差止請求の法的根拠が格段に明確化する。自社のブランドを守る観点からも、この動向を注視する価値がある。

なお、本稿は法的助言ではない。個別案件への対応は知財専門弁護士または弁理士への相談を推奨する。

今後のスケジュールと注視点

経済産業省の不正競争防止小委員会は、2026年に入って審議ペースが加速している。2026年10月13日の第31回が直近の開催で、経産省の審議会・研究会ページには同日開催の案内が掲載されている。今後、報告書案のとりまとめ→パブリックコメント→法案要綱策定という手順が想定される。

一方、法務省は同年8月7日に生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針を公表し「声」も保護対象になり得ると明示した。経産省(不競法改正)と法務省(解釈指針)の双方が同じ方向を向いており、立法プロセスが一気に進む可能性がある。

知財担当者が追うべき一次情報は、経済産業省の不正競争防止小委員会ページ(https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/fusei_kyoso/index.html)の会議資料と議事録だ。開催のたびに資料が公開されるため、定期的に確認することを勧める。

よくある質問

Q. 現行法では声の無断AI利用はすべて合法なのですか?

A. そうとは言えません。経済産業省は2025年に、特定の声優・俳優等の声が「商品等表示」に当たる場合は現行不競法が適用され得ると整理しています。ただし要件が限定的なため保護が及ばないケースも多く、法改正で明文化する検討が進んでいます。

Q. 法改正はいつ施行されるのですか?

A. 2026年10月時点で審議会の検討段階であり、法案の国会提出・施行時期は未定です。審議の進捗は経済産業省・不正競争防止小委員会ページで随時確認できます。

Q. 著名人でない自社社員の声をAIに学習させることも問題になりますか?

A. 改正案の具体的な保護要件はまだ確定していません。現行法上は「周知」性が要件の一つですが、改正後にどの範囲まで保護されるかは今後の審議次第です。社員への説明・同意取得を含む社内規程の整備が望ましいでしょう。

Q. 中小企業が使う市販の生成AIツールで出力したコンテンツも対象になりますか?

A. ツールの提供者ではなく、コンテンツを「使用・公開・販売」した事業者が規制対象となる可能性があります。ツールが何を出力できるかではなく、自社がその出力物をどう使うかで判断されると考えてください。

出典:声や肖像 不正競争防止法の対象として明記検討へ 経済産業省(2026年10月18日)