「特許を受ける権利」は誰のもの?職務発明トラブルを防ぐ実務チェックリスト

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自社の研究開発成果として特許出願したつもりが、後から「その発明は私のものだ」と元従業員に権利を主張される——これは決して大企業だけの問題ではない。知財高裁には現在、「特許を受ける権利」の帰属をめぐる控訴事件が係属している。中小メーカーが最低限整備しておくべき職務発明規程と手続きを点検する。

知財高裁で係属中——「特許を受ける権利」を巡る争い

知財ポータルサイト「IP Force」が2026年8月5日に更新した判決速報によると、知財高裁には現在「令和7年(ネ)10081 特許を受ける権利の確認請求控訴事件」が係属している。事件の詳細は公表前であり、判決文の全容は確認できないが、「特許を受ける権利の確認」という訴訟類型は、発明者(従業者)と使用者(会社)のいずれに権利が帰属するかが争点となる職務発明関連の紛争で典型的に用いられる。

職務発明をめぐる紛争は、発明が生まれた時点での規程の有無・内容、発明者への通知手続き、相当の利益(報酬・補償)の適切な付与といった複数の要件が絡み合う。そのため、訴訟が控訴審にまで至るケースは後を絶たない。注目すべきは、こうした紛争が何も大手製造業や研究機関だけで起きているわけではない、という現実だ。

職務発明制度の骨格——2015年改正で何が変わったか

職務発明制度は、従業者が職務上した発明について、使用者と発明者の権利・利益をいかに調整するかを定めるルールだ。特許庁が公表する「職務発明制度の概要」によれば、平成27年(2015年)改正特許法により制度の骨格が大きく変わった。

改正前は「発明者帰属の原則」のもと、特許を受ける権利はまず発明者(従業者)に帰属し、会社がそれを承継する形をとっていた。改正後は、「あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたとき」は、その権利は発生した時点から使用者(会社)に帰属する「原始使用者等帰属」が認められるようになった。この規定を使いこなせるかどうかが、今日の職務発明トラブルを防ぐ最大のポイントとなっている。

ただし原始帰属を機能させるためには条件がある。特許庁の職務発明ガイドラインによれば、従業者等は使用者等に権利を取得させた場合、「相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利」を有する。つまり「規程さえ作ればいい」ではなく、発明者への適切な補償の仕組みも合わせて整備しなければ、後日「不合理な規程だ」として争われるリスクが残る。

中小企業が陥りやすい3つの落とし穴

大企業と異なり、中小メーカーでは知財専門部署がなく、製造・開発・営業を兼務する従業員が発明を生み出すことも多い。だからこそ、次の3つの落とし穴に気づかないまま年月が経過してしまいやすい。

  • 【落とし穴1】職務発明規程が存在しない、または旧制度のまま放置されている——2015年改正前の規程を改訂していない場合、原始使用者等帰属の要件を満たさず、発明が従業者に帰属したまま特許出願していることになりかねない。
  • 【落とし穴2】発明の届け出・通知の手続きが形骸化している——発明が生まれた時点で会社が権利取得の意思表示を行う手続きが欠けていると、後から「いつ権利が移転したか」が曖昧になる。訴訟ではこの時点が争点になることが多い。
  • 【落とし穴3】相当の利益(補償金)の算定根拠が規程に明記されていない——大阪地裁の職務発明対価訴訟(令和7年9月18日判決)では、会社規定による対価支払いが「不合理ではない」と判断された事例もある。一方、根拠が曖昧な規程は不合理性が認定されるリスクを抱える。補償の算定方法・協議のプロセスを明文化することが防衛の要になる。

今すぐ動ける!社内規程・手続き整備の5ステップ

職務発明トラブルを未然に防ぐには「規程の存在」と「手続きの実行」の両輪が必要だ。以下は、中小企業が今日から着手できる整備の流れだ。なお、実際の規程内容の適法性・有効性については、弁理士や弁護士への相談を強く推奨する。

整備の出発点として活用できる公的資料がある。特許庁はウェブサイト上で「職務発明制度の概要」を公開しており、経済産業大臣が定めた「指針(ガイドライン)」を参照できる。また、INPIT(工業所有権情報・研修館)の知財総合支援窓口では、職務発明規程の相談を含む無料コンサルティングを随時受け付けている。自社単独での規程策定に不安がある場合は、これらの窓口を最初の一歩として活用したい。

職務発明規程・手続き整備の5ステップ
1
Step 1:現状把握
既存の就業規則・職務発明規程が2015年改正特許法に対応しているか確認する。旧法下の規程のまま放置されていないかをチェック。
2
Step 2:規程の改訂・新規策定
原始使用者等帰属の要件を満たす条文を追加。「発明が生まれた時点で会社が取得する」旨の明文化と、相当の利益の算定方法・協議プロセスを記載する。
3
Step 3:発明届け出フローの整備
発明者が発明報告書を提出し、会社が権利取得の意思を通知する手続きを書面・電子で記録できる仕組みを構築する。
4
Step 4:補償金の支払い・記録
規程に従って相当の利益を算定・支払い、その記録を保管する。支払い記録が後日の証拠となる。
5
Step 5:専門家・支援窓口への相談
INPIT知財総合支援窓口や弁理士・弁護士に規程の妥当性を確認する。特許庁が公開する職務発明ガイドラインも必読。

知財担当者が押さえるべき実務のポイント

訴訟リスクを下げるためには、規程の「中身」だけでなく「運用の証跡」が重要だ。発明報告書の提出・受理の記録、会社が権利取得の意思を示した通知の日付・方法、補償金の支払い記録——これらを紙または電子で保管する習慣を全社的に定着させることが、いざというときの防衛力となる。

また、2015年改正特許法が適用される職務発明(改正法施行後の発明完成分)と、旧法が適用されるケースでは法的な判断枠組みが異なる。在籍が長い従業員の過去の発明が争いになる場面では、どちらの法律が適用されるかを確認することも実務上の重要な視点だ。

なお、現在知財高裁に係属中の令和7年(ネ)10081事件は判決未確定であり、その結論が実務に与える影響は判決確定後に改めて確認する必要がある。本記事は、訴訟類型の紹介を通じて制度の重要性を伝えることを目的としており、特定の法的判断や出願・権利化の可否を示すものではない。

まとめ——「出願できた」だけで安心しないために

特許出願が完了しても、その権利の帰属が曖昧なままでは、事業の根幹に関わるリスクが潜み続ける。職務発明規程の整備は、特許庁や INPITが提供する無料の支援制度を活用すれば、大きなコストをかけずに着手できる。知財高裁で今まさに争われている「特許を受ける権利」をめぐる紛争は、他人事ではない。自社の規程・手続きを今一度点検する機会としてほしい。

よくある質問

Q. 職務発明規程がなければ、社員の発明は会社のものにならないのですか?

A. 2015年改正後の特許法では、「あらかじめ職務発明規程等に基づいて使用者等が取得する旨を定めた場合」に限り、発明時から会社に権利が帰属します。規程が存在しない、または改正前のままの場合、権利帰属が従業者側になる可能性があります。規程の整備・更新が不可欠です。

Q. 相当の利益(補償金)はどのくらい支払えばよいですか?

A. 法律上の絶対的な金額基準はなく、発明の実績・会社への貢献度などを考慮して規程に算定方法を定め、従業員と協議することが求められます。特許庁が公表する「指針(ガイドライン)」を参考にしながら、弁理士・弁護士にも相談することをお勧めします。

Q. INPIT知財総合支援窓口への相談は有料ですか?

A. INPITの知財総合支援窓口は無料で利用できます。職務発明規程の整備を含む幅広い知財相談に対応しており、全国各都道府県に窓口があります。まずは気軽に相談してみましょう。

Q. 退職した元従業員から「その特許は私の発明だ」と言われたらどうすればよいですか?

A. 発明報告書・権利取得通知・補償金支払い記録などの証拠書類が鍵になります。記録が残っていない場合は速やかに弁護士・弁理士に相談してください。訴訟に発展する前の早期協議が解決コストを抑える上で重要です。

出典:令和7年(ネ)10081 特許を受ける権利の確認請求控訴事件——知財高裁係属中(IP Force判決速報、2026年8月5日更新)