共有特許の「同意ルール」が変わるかもしれない

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特許庁は2026年8月、産学官連携による共同研究から生まれた特許権の取扱いに関する調査研究報告書を公表した。大学や公的研究機関と共同で特許を保有する中小企業にとって、「他の共有者の同意なしにライセンスも譲渡もできない」という現行ルールが事業化の壁になっている実態が浮き彫りになった。制度見直しの議論が動き出した今、中小メーカーの知財担当者が押さえておくべき論点を整理する。

今回の報告書が明らかにしたこと

特許庁は毎年、産業財産権制度の法制面・運用面の改正に向けた基礎資料として「産業財産権制度問題調査研究」を実施している。令和7年度の研究テーマのひとつが、「産学官連携による共同研究等の成果としての特許権の取扱い」だ。

日本では、大学・公的研究機関と企業が共同研究を行った場合、その成果特許を両者が共同出願・共有するケースが多い。報告書は国内外のアンケート調査およびヒアリング調査を通じて、この「共有特許」をめぐる実態と課題を広く収集・分析したものである。

報告書が浮き彫りにした最大の問題は、特許法第73条が定める「他の共有者全員の同意なしには、持分の譲渡も第三者へのライセンスもできない」というルールだ。企業側(実施機関)は事業化コストやリスクを単独で負いながら、大学側(不実施機関)から「不実施補償」を求められる場合があり、それ自体が交渉上の摩擦を生む。一方、大学側も、ライセンスしたい相手に対して企業の同意が得られない場合には研究成果の社会実装が進まないというジレンマを抱えていることが示されている。

中小メーカーにとって何が問題か

大手企業であれば、共同研究の契約段階で持分割合や同意不要条項(黙示許諾の取り決めなど)を細かく交渉できる。しかし多くの中小メーカーは、大学や公的研究機関との共同研究において契約交渉の経験・リソースが限られており、標準的なひな形契約をそのまま使うことも少なくない。

そのため、共同研究が終わったあとに「第三者にサブライセンスしたい」「技術をスタートアップに移転してスピンオフしたい」「持分を売却してキャッシュに換えたい」といった場面で、大学側の同意が得られず身動きが取れなくなるケースが生じやすい。

また、共有特許は維持費用(年金)を共同で負担するのが原則だが、実際には企業側が全額負担しているケースも多い。大学がその特許を活用しないまま年金だけ払い続けても、特許の価値が十分に発揮されないまま権利が消滅するという「休眠共有特許」の問題も報告書では指摘されている。

共有特許をめぐる主なトラブル発生の流れ
1
STEP 1:共同研究開始
大学・公的研究機関と中小企業が共同研究契約を締結。持分割合・費用負担・ライセンス条件を十分に詰めないまま進むことが多い
2
STEP 2:成果特許の共同出願
研究成果を両者が共有特許として出願。年金(維持費用)は企業が全額負担するケースも多い
3
STEP 3:事業化フェーズで「同意の壁」
企業が第三者へのライセンスや持分譲渡を検討しても、特許法73条により大学側の同意が必須。交渉が難航すると事業化が止まる
4
STEP 4:休眠共有特許化
折り合いがつかないまま年金だけが発生し続け、最終的に活用されないまま権利が消滅するリスクがある

現行ルールの構造:特許法73条を読み解く

特許法第73条は、共有に係る特許権について三つのルールを定めている。①各共有者は他の共有者の同意なしに自ら実施できる、②持分の譲渡には他の共有者全員の同意が必要、③専用実施権の設定・通常実施権の許諾には他の共有者全員の同意が必要——の三点だ。

①の「自ら実施は自由」というルールは一見便利に見えるが、実際には大学・公的研究機関が特許技術を自社製品として量産・販売することはほとんどない。つまり、大学にとっての共有特許の活用手段は、ライセンス収入か持分売却しかないが、それを行うにはいずれも企業の同意が必要になる。

海外では、例えば米国では共有特許の各共有者がライセンスを自由に許諾できるのが原則(ただし収益の分配義務がある)であり、EU諸国でもより柔軟な取り扱いが認められている場合が多い。報告書では諸外国の制度比較も行っており、日本の同意要件が国際的に見ても厳格な部類に入ることが示されている。

制度見直しの方向性と今後の注目ポイント

本報告書はあくまで「実態把握と課題整理」を目的とした調査研究であり、直ちに法改正が決まったわけではない。ただし、特許庁が産業財産権制度問題調査研究として取り上げるテーマは、中期的に法制面・運用面の見直し議論の俎上に乗ることが多い。今後は本報告書をベースに、審議会や有識者会議での議論が始まる可能性がある。

見直しの方向性として考えられる選択肢は大きく二つある。一つは、ライセンスや持分譲渡の同意要件を緩和・見直すという法改正の方向。もう一つは、法改正は行わず、標準契約書ひな形の整備や大学・企業間の交渉支援を通じて運用面で対処するという方向だ。諸外国の事例を見ると、完全に同意要件を撤廃する国はむしろ少なく、当事者間の契約で柔軟性を担保するアプローチが主流になっている。

中小企業の知財担当者としては、法改正の行方を「待つ」のではなく、共同研究契約の段階で柔軟な条項を盛り込むという「今すぐできる対応」に注力することが重要だ。

中小メーカー・知財担当者が今すぐ取れる行動

共有特許に関するリスクは、共同研究が始まる前の契約段階でほぼ決まる。以下のチェックリストを参考に、現在進行中または検討中の共同研究契約を見直してほしい。

  • 【契約前】持分割合を研究費負担や事業化貢献度に合わせて明確に定める。「50:50」の慣習的な均等割りには注意が必要。
  • 【契約前】「通常実施権の許諾については相手方の事前同意を不要とする」旨の条項(黙示的許諾条項)を盛り込む交渉を行う。INPITや知財総合支援窓口に相談しながら弁理士に契約書のレビューを依頼するのが現実的。
  • 【契約前】年金(維持費用)の負担ルールと、年金滞納が生じた場合の権利帰属変更条項を明記する。
  • 【契約中〜終了後】共有特許のリストを定期的に棚卸しし、「活用できていない共有特許」を特定する。不実施が明らかな場合は大学側との協議を通じて、持分整理・専用実施権設定・ライセンス許諾の可能性を早期に探る。
  • 【制度動向のウォッチ】特許庁の審議会(産業構造審議会 知的財産分科会など)の議事録・配布資料を定期確認する。本報告書の内容が審議会に諮られたタイミングが法改正議論の入り口になる。

まとめ:「共有」は最初から出口を設計せよ

産学官連携による共同研究は、中小メーカーにとって技術力強化や信頼性向上の有力な手段だ。しかし、その成果である共有特許が事業化の足かせになるという逆説は、これまで十分に周知されてこなかった。

今回の調査研究報告書は、この問題を制度的に可視化した点で意義深い。中小企業が共有特許をめぐるトラブルを未然に防ぐには、「研究が終わったあとに特許をどう使うか」を研究開始前から設計しておくことが不可欠だ。法改正の議論が動き出す前に、自社の共同研究契約の現状を一度棚卸ししておきたい。

なお、本稿は制度の方向性に関する一般的な解説であり、個別の出願・契約判断については専門家(弁理士・弁護士)への相談を推奨する。

よくある質問

Q. 共有特許において、自社だけで実施(製造・販売)することはできますか?

A. 特許法第73条第2項により、各共有者は他の共有者の同意なしに自ら特許発明を実施することができます。ただし、これはあくまで「自ら実施する」場合の話であり、第三者にライセンスしたり、持分を譲渡したりするには他の共有者全員の同意が必要です。

Q. 大学との共有特許で年金を自社が全額払っているが、これは問題ないですか?

A. 法律上は各共有者が持分に応じて負担するのが原則ですが、当事者間の合意によって一方が全額負担する取り決めも可能です。ただし、負担割合を書面で明確にしておかないと、後々のトラブル(費用請求・権利主張など)につながりやすいため、契約書に明記することを推奨します。

Q. 共同研究がすでに終了していて共有特許があるが、今から契約内容を変更することはできますか?

A. 既存の共有特許についても、当事者間で別途合意書(覚書)を締結することで、ライセンス条件や費用負担、将来の持分整理方針などを追加・変更することは可能です。大学・公的研究機関側の担当窓口(産学連携本部等)に相談し、弁理士・弁護士を交えた協議を進めることをお勧めします。

Q. 今回の報告書で法改正が決まったのですか?

A. いいえ。今回公表されたのは実態調査・課題整理を目的とした調査研究報告書であり、法改正の決定ではありません。報告書の内容が今後の産業構造審議会などの審議に活用され、中期的に制度見直し議論に発展する可能性があります。特許庁の審議会情報を定期的にウォッチすることをお勧めします。

出典:特許庁産業財産権制度問題調査研究「令和7年度研究テーマ」の報告書を公表しました(産学官連携による共同研究等の成果としての特許権の取扱に関する調査研究)