知的財産高等裁判所は、慢性便秘症薬「アミティーザ®」をめぐる特許権侵害差止請求控訴事件(令和8年(ネ)第10041号)において、「医薬用途発明の技術的範囲」と「存続期間が延長された特許権の効力範囲」の2点につき、2026年9月30日を期限に広く第三者意見を募集している。業界横断的な波及力を持つこの判決予告は、製薬以外の製造業にも無関係ではない。
何が争われているのか——事件の概要
今回取り上げるのは、知的財産高等裁判所第1部に係属中の令和8年(ネ)第10041号・特許権侵害差止請求控訴事件だ。当事者は慢性便秘症治療薬「アミティーザ®」(一般名:ルビプロストン)の専用実施権者であるヴィアトリス製薬合同会社らと、後発医薬品(ジェネリック)メーカーの沢井製薬株式会社らである。
争点の核心は二つある。第一に「医薬用途発明の技術的範囲をどのように画するか」、第二に「12μg製剤の薬事承認を根拠として登録された存続期間延長の効力が、24μgの後発医薬品にまで及ぶか否か」である。端的に言えば、『承認を受けた用量・用途と異なる後発品を、延長された特許権で差し止められるか』という問いだ。
この控訴審の原審にあたる大阪地裁(令和7年(ワ)第10786号等)は2026年3月3日に判決を言い渡しており、その解釈をめぐって知財高裁が改めて審理を行っている。知財高裁は2026年6月29日、特許法第105条の2の11に基づく第三者意見募集の実施を決定し、9月30日を締切として広く意見書の提出を求めている。
「第三者意見募集制度」とは何か——制度の仕組みをおさらい
第三者意見募集制度は、令和3年(2021年)の特許法改正で新設された証拠収集手続であり、特許法第105条の2の11に規定されている。特許権・実用新案権の侵害訴訟において、当事者の申立てを受けた裁判所が「必要があると認めるとき」に、広く一般から意見書の提出を求めることができる制度だ。
この制度が設けられた背景には、IoT関連技術や標準必須特許をめぐる訴訟のように、複数の業界にまたがり、判決の影響が広範な第三者に及ぶ事件が増えてきたことがある。従来の民事訴訟は「当事者が訴訟資料を提出する」という弁論主義を原則とするが、知財訴訟では判決の影響が当事者以外にも及ぶことが多い。そこで、専門知識や業界慣行を持つ第三者が意見書を提出できる仕組みを制度化した。米国の「アミカス・キュリエ(法廷の友)」制度に類似した考え方に基づく。
意見募集事項には法律問題だけでなく、商慣行や事業実態といった事実関係も含まれる点が特徴だ。裁判所は提出された意見書を参考資料として活用できる(ただし、意見書を最終的に訴訟に証拠として提出するかどうかは当事者が決定する)。日本弁護士連合会や業界団体なども過去の事件で意見書を提出してきた実績がある。
なぜ製薬以外の企業も注目すべきか——延長登録の効力範囲という普遍的論点
「医薬品の話だから自社には関係ない」——そう感じた読者こそ、立ち止まってほしい。今回の事件が問うている「存続期間が延長された特許権の効力はどこまで及ぶか」という問いは、医薬品分野に固有ではない。特許権の存続期間延長制度(特許法第67条)は、医薬品や農薬など「政令で定める処分(薬事承認等)を受けることが必要な発明」について、承認を待つ間に実施できなかった期間を補填するために最大5年の延長を認める制度だ。この制度の恩恵を受けるのは製薬・農薬分野に限られるが、「登録された効力の範囲をどう解釈するか」という裁判所の判断枠組みは、特許権一般の技術的範囲解釈に大きな示唆を与える。
具体的に言えば、今回の事件では「12μg製剤の承認に基づく延長登録が、24μg製剤の後発品に効力を及ぼすか」が問われている。これは「ある数値・仕様で取得した特許権の効力範囲を、それと異なる数値・仕様の製品に対してどこまで主張できるか」という問題と構造的に同じだ。数値限定発明を抱えるメーカー、異なる規格のOEM製品が市場に存在する企業、あるいは自社特許のライセンス範囲を検討する知財担当者にとって、判決が示す解釈枠組みは実務の参考になる。
また、知財高裁がこの事件を「第三者意見募集が必要な事件」と判断したこと自体、業界横断的に影響が大きい論点であることを示している。過去の第三者意見募集が実施された事件では、大合議(所長が裁判長を務める5人体制)による審理や、その後の特許実務・審査基準に影響を与えた事例も存在する。今回の判決も、確定すれば医薬用途発明と存続期間延長の解釈について重要な先例となる可能性が高い。
中小メーカー・知財担当者が取れる具体的アクション
この事件から、現場の知財担当者・中小企業経営者が今すぐ動けることを整理した。
- 【意見書提出を検討する(締切:9月30日)】第三者意見募集は「法律家だけが使う制度」ではない。事業実態や業界慣行について具体的な知見を持つ企業・団体であれば意見書を提出できる。意見書の提出先・形式は知財高裁の募集要項(https://www.courts.go.jp/ip/tetuduki/folder/index_10.html)に明記されているので確認を。意見書の作成には弁護士・弁理士への相談が現実的だ。
- 【自社の延長登録・数値限定特許を棚卸しする】自社または他社が保有する存続期間延長登録について、「どの承認・処分を根拠に延長されているか」「延長効力が及ぶ範囲として自社はどう解釈してきたか」を改めて確認する機会にしてほしい。判決次第で、従来の解釈と異なる結論が示される可能性がある。
- 【自社特許の技術的範囲の記載を見直す】医薬品でなくとも、数値限定のある請求項を持つ特許権者は、「権利の及ぶ範囲がどこまでか」を今一度弁理士と確認したい。出願済みの特許については訂正審判等の手続きも選択肢となり得るが、具体的な対応は専門家への相談が不可欠だ。
- 【判決の動向をウォッチするための情報源を確保する】知財高裁の公式サイト(https://www.courts.go.jp/ip/index.html)では、係属中事件の一覧表が毎週火曜日に更新される。本件の判決が出た際に確認できるよう、定期チェックの習慣をつけておきたい。
「第三者意見募集制度」——知らないと使えない、知れば使える
第三者意見募集制度は、令和3年改正で生まれながら、まだ十分に知られているとは言えない。今回のルビプロストン事件は、この制度が実際に稼働している数少ない事例の一つだ。自社が訴訟当事者でなくても意見を届けられる——こうした制度の存在を知っておくことは、知財部門にとって重要な情報リテラシーといえる。
特許権の存続期間延長をめぐる解釈は、過去にも大合議判決が積み重ねられてきた領域だ。今回の知財高裁第1部の判断がどのような方向性を示すかは、ジェネリック医薬品業界にとどまらず、製薬・化学・農薬・バイオ分野のメーカーと、それらの技術を扱う企業の知財実務に影響を与え得る。締切まで残りわずかとなっているが、自社に関連すると感じた読者は意見書提出や専門家への相談を早めに検討していただきたい。
よくある質問
Q. 第三者意見募集制度で意見書を提出できるのは、弁護士・弁理士などの専門家だけですか?
A. いいえ、広く一般から意見を募集する制度です。業界団体、企業、個人も提出できます。ただし意見書の記載内容や提出形式については、知財高裁が公開する募集要項を必ず確認してください。作成にあたっては弁護士・弁理士への相談が実務上は現実的です。
Q. 特許権の存続期間延長登録とは何ですか?
A. 医薬品や農薬など、国の承認(薬事承認等)を受けるまで実施できなかった発明について、その待機期間分(最大5年)、特許権の存続期間を延長する制度です(特許法第67条)。承認取得に数年かかることが多い製薬分野でよく活用されます。
Q. 今回の事件で知財高裁が出す判決は、医薬品以外の企業にも影響しますか?
A. 直接的な法的拘束力は当事者間に限られますが、知財高裁の判断は実務上の先例として広く参照されます。特に「特許権の技術的範囲の解釈」や「延長登録の効力の及ぶ範囲」についての判断枠組みは、数値限定を含む請求項を持つ製造業一般の知財実務に影響を与える可能性があります。
Q. 自社が当事者でなくても今から意見書を提出できますか?
A. はい、第三者意見募集制度の趣旨は当事者以外の第三者から意見を集めることです。9月30日の締切までに知財高裁の募集要項に従って意見書を提出することが可能です。ただし最終的に訴訟資料として使用するかどうかは当事者が判断します。詳細は知財高裁HP(https://www.courts.go.jp/ip/tetuduki/folder/index_10.html)をご確認ください。
出典:知財高裁、令和8年(ネ)第10041号(ルビプロストン後発医薬品差止請求控訴事件)で第三者意見募集を実施——募集期限は2026年9月30日
