PPH20年×AI新体制——海外特許を早く安く取る

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2026年6月、日本が主催した第19回五庁長官会合で、日米欧中韓の主要特許庁がAI分野の新協力体制に合意した。あわせてPPH(特許審査ハイウェイ)は開始から20年を迎えた。この動きは海外展開を狙う中小メーカーや知財担当者にとって、出願コストと審査期間を大幅に圧縮できる制度活用の好機を意味する。

何が決まったのか——会合の3つのポイント

2026年6月12日、日本国特許庁(JPO)が主催する形で、日米欧中韓の五大特許庁(IP5)による第19回長官会合が東京で開催された。五庁への特許出願件数は2024年時点で約318万件にのぼり、世界全体(約373万件)の約85%を占める。この巨大なエコシステムが共通のルールを議論する場が、五庁長官会合だ。

今回の合意の核心は3点ある。①AI関連課題を専門的に議論する新たな作業部会の設置、②AI分野における新たな五庁協力の方向性への合意、③PPH(特許審査ハイウェイ)開始20周年を記念した振り返りと今後の改善に向けた意見交換——である。

なかでも実務に直結するのが①と③だ。AI関連発明の急増を受け、主要国が審査基準や協力体制をどう整備するかは、AI・ソフトウェア関連特許の出願戦略に直接影響する。一方、PPHは中小企業にとって「国際出願費用を抑えながら審査を早める」最も身近な仕組みのひとつであり、20年の実績を経てさらなる改善が議論されている点も見逃せない。

そもそもPPHとは何か——中小企業が使える「審査の近道」

PPH(Patent Prosecution Highway:特許審査ハイウェイ)とは、第一の国(先行庁)で「特許可能」と判断された発明を含む出願について、第二の国(後続庁)で簡易な申請手続きのみで早期審査を受けられる国際的な枠組みだ。2006年に日米間で世界初のPPHが開始されて以来、現在では多数の庁との間で利用できる。

PPHを使うと何が変わるのか。通常のルートでは各国の審査官がゼロから先行技術調査を行うため、国ごとに審査費用と時間がかさむ。PPHを活用すると、先行庁の審査結果を後続庁が活用できるため、審査期間の短縮と、場合によっては審査官の追加作業が減ることによるコスト効率の改善が期待できる。

とくに重要なのは「先に日本で特許を取得できれば、その結果を米国・欧州・中国・韓国での審査に活用できる」という点だ。国内市場だけで事業展開してきた中小メーカーが、技術力を武器に海外進出を目指すとき、まず国内出願・権利化を丁寧に行うことが、その後の多国展開コストを下げる最短ルートになる。

PPHで海外特許を効率化する5ステップ
1
Step 1:国内出願
日本国特許庁(JPO)へ特許出願。請求項は「技術的課題と解決手段」を具体的に記載し、海外展開を見越した構成にしておく。
2
Step 2:日本での特許査定
JPOが特許可能と判断した請求項が確定する。この査定結果がPPH申請の根拠になるため、国内権利化の質が海外展開の土台を決める。
3
Step 3:PPH申請
進出したい国(米国・欧州・中国・韓国など)の特許庁にPPHを申請。審査開始前に手続きが必要なため、タイミングを弁理士と確認する。
4
Step 4:早期審査・権利化
後続庁がJPOの審査結果を参照しながら審査を進める。通常審査より短期間での審査完了が期待できる。
5
Step 5:補助金・支援制度の活用
INPIT外国出願補助金を活用すれば出願費用の最大1/2を補助。INPITの無料相談窓口で手続きの全体像を事前に確認しておくと安心。

AI特許への影響——新作業部会が変える審査の未来

今回の会合でもうひとつ注目すべきは、AI分野を専門的に扱う新作業部会の立ち上げだ。これが中小企業の知財実務に与える影響を正確に理解するためには、現状の課題を把握しておく必要がある。

AI・ソフトウェア関連の発明は、「自然法則を利用しているか」「技術的な課題を解決しているか」など、各国で審査基準の解釈にばらつきがある。ある国で特許になった発明が別の国では拒絶される、という事態は珍しくない。このばらつきは、グローバルに特許ポートフォリオを構築しようとする企業にとって、戦略の不確実性を高める大きなリスクだ。

今後、五庁がAI関連の審査基準について情報共有・協力を深めることで、各国間の審査結果の整合性が高まる可能性がある。実務的には、「日本で通った論理構成が米国・欧州でも通じやすくなる」方向への緩やかな収束が期待されるが、作業部会の具体的な成果が出るまでには時間がかかる。今の段階で出願人が取れるアクションは、各庁の審査基準の最新動向を継続的にウォッチし、請求項の書き方を適切に調整し続けることだ。

中小メーカー・知財担当者が今すぐ取るべき3つのアクション

五庁の動向を「大企業の話」と捉えるのは早計だ。PPHは中小企業でも利用でき、実際に国内で権利化実績のある中小メーカーがこの制度で海外展開コストを抑えた事例は少なくない。以下に、今回の会合を踏まえた実務上の行動指針を整理する。

  • 【国内権利化を先行させる】海外展開を視野に入れている技術があれば、まず日本国内で特許を確実に取ることを優先する。日本での特許査定がPPH申請の出発点になるため、国内出願の質——とくに請求項の書き方——が多国展開の成否を左右する。
  • 【PPH申請のタイミングを逃さない】日本での特許査定が出たら、速やかに進出予定国でのPPH申請を弁理士・特許事務所に相談する。PPHは原則として審査が開始される前に申請する必要があり、申請タイミングを見誤ると通常審査に戻ってしまう。
  • 【AI・ソフトウェア関連発明は「技術的特徴」の記載を丁寧に】新作業部会の議論が進む前の現時点では、各国の審査基準は依然として異なる。AI・データ処理系の発明は、「どのような技術的課題をどのような構成で解決するか」を請求項と明細書で具体的に示すことが、各国での拒絶リスクを減らす基本戦略だ。
  • 【INPITの無料相談・海外出願補助金を併用する】INPITでは海外知財活動に関する無料相談を提供している。また、中小企業向けの外国出願補助金(INPIT補助金)を活用すれば、PCT出願や各国への直接出願の費用の最大2分の1を補助してもらえる可能性がある。PPHと補助金を組み合わせることで、費用と時間の両面でコストを圧縮できる。

「使える制度」として押さえておく視点

五庁長官会合という国際会議の結果は、一見すると現場から遠い話に思えるかもしれない。しかしPPHは20年間にわたって着実に利用実績を積み上げ、今や多くの企業が海外特許取得のルーティンとして活用している制度だ。

今回の会合でAI作業部会の設置が合意されたことは、AI・ソフトウェア関連の発明をお持ちの方にとって、「主要国の審査基準が今後どう変わるかを注視すべき段階に入った」というシグナルでもある。制度が整う前に先手を打って国内外の権利を確保しておくことが、後から追いかける企業に対する競争優位につながる。

中小メーカーであっても、独自技術があれば国際出願は現実的な選択肢だ。弁理士や知財総合支援窓口(INPITの各都道府県窓口)に早めに相談し、自社技術のどの部分を・どの国で・どのタイミングで守るかを具体的に検討してほしい。

よくある質問

Q. PPHは中小企業でも使えますか?出願規模に制限はありますか?

A. はい、PPHは企業規模を問わず利用できます。特定の出願件数や売上規模による制限は設けられていません。ただし、各国ごとに申請要件(対応する請求項の記載方法など)が異なるため、弁理士または知財総合支援窓口(INPIT)に相談しながら進めることをお勧めします。

Q. AI・ソフトウェア関連の発明はPPHで有利になりますか?

A. PPH自体はAI発明に限定した制度ではなく、技術分野を問わず利用できます。ただし、AI・ソフトウェア関連発明は各国で審査基準の解釈が異なる場合があります。今回の五庁会合で新作業部会の設置が合意されましたが、基準が統一されるまでには時間を要します。現時点では、技術的特徴を明確に記載した質の高い請求項を作成することが最も重要な対策です。

Q. PPH申請はいつのタイミングで行えばよいですか?

A. 原則として、後続庁(進出先の特許庁)で審査が開始される前に申請する必要があります。日本で特許査定が出たら速やかに弁理士に相談し、進出先での審査着手前に申請を完了させてください。タイミングを逃すと通常審査に移行してしまい、PPHのメリットを享受できなくなります。

Q. INPIT外国出願補助金とPPHは組み合わせて使えますか?

A. はい、両方を組み合わせることは可能です。INPIT外国出願補助金は中小企業・スタートアップの外国出願費用を最大1/2補助する制度(上限あり・公募制)で、PPHはその出願後の審査を早める仕組みです。補助金を使って出願費用を抑えつつ、PPHで審査を効率化するという組み合わせが、コスト・スピード両面での最適解になりえます。公募スケジュールはINPITの公式サイトで確認してください。

出典:AI分野を中心とした新たな五庁協力について合意しました——第19回日米欧中韓五大特許庁長官会合の結果について(経済産業省・特許庁、2026年6月15日発表)