知的財産高等裁判所は2026年6月29日、慢性便秘症治療薬「アミティーザ」の後発医薬品をめぐる特許権侵害差止請求控訴事件について、広く一般から意見書の提出を求める第三者意見募集を開始した。締切は令和8年9月30日。令和3年特許法改正で新設されたこの制度は、IoT・標準必須特許など技術的複雑性の高い事件で活用が広がりつつある。
今回のニュース——医薬品特許訴訟で「第三者意見募集」が発動
知的財産高等裁判所は2026年6月29日、同裁判所第1部に係属中の特許権侵害差止請求控訴事件(令和8年(ネ)第10041号)について、広く一般から意見書の提出を求める募集を開始した。対象事件は、ヴィアトリス製薬合同会社らと沢井製薬株式会社らとの間で争われている、慢性便秘症治療薬「アミティーザ®」(一般名:ルビプロストン)の後発医薬品をめぐる特許権侵害訴訟だ。本件では医薬用途発明の特許権の効力範囲が核心的な争点となっており、意見書の提出期限は2026年9月30日に設定されている。
製薬・医療機器分野に限らず、「特許権の効力はどこまで及ぶのか」という問いは、あらゆる産業の知財担当者に共通する普遍的なテーマだ。今回の意見募集はあくまで当該訴訟における手続きだが、裁判所が社会に向けてオープンに問いを投げかけているという点で、制度の背景と使い方を知っておく価値は大きい。
「第三者意見募集制度」とは何か——令和3年改正で生まれた日本版アミカスブリーフ
第三者意見募集制度は、令和3年(2021年)の特許法改正(令和3年法律第42号)によって新たに導入された証拠収集手続きで、特許法第105条の2の11に定められている。一言で言えば、「特許権侵害訴訟において、当事者の申立てにより、裁判所が必要と認める場合に、広く一般の第三者から意見書の提出を求めることができる」制度だ。
民事訴訟の大原則は「弁論主義」——訴訟の基礎となる資料は当事者が提出するものであり、第三者や裁判所が独自に証拠を持ち込むことは原則できない。しかし特許侵害訴訟、とりわけIoT関連技術や標準必須特許(SEP)が絡む事件では、「当事者以外の業界・社会全体に事実上の影響が及ぶ」ケースが増えている。こうした状況に対応するため、弁論主義の枠組みを維持しつつも、広く専門知識を裁判に取り込む仕組みとして本制度が設けられた。
重要なポイントは、第三者が提出した意見書を訴訟資料として正式に扱うかどうかは、あくまで「当事者」が判断する点だ。裁判所は意見書を収集するが、それを証拠として訴訟に取り込む最終権限は当事者にある。弁論主義の例外でありながら、その精神を損なわない設計になっている。
対象事件は、特許権またはその専用実施権の侵害に係る訴訟(本条1項・2項)、補償金請求訴訟(特許法第65条第1項等)、実用新案権の侵害に係る訴訟(実用新案法第30条による準用)に限定される。審決取消訴訟や商標・著作権に関する訴訟は対象外となる点も覚えておきたい。
制度が導入された背景——IoT・SEP時代の「判決の社会的波及」問題
この制度が必要とされた背景には、特許をめぐる近年の急速な環境変化がある。IoT技術の普及により、複数の業界にまたがる発明が増えた。また、いわゆる標準必須特許(SEP)——5GやWi-Fiなどの業界標準規格に不可欠な特許——をめぐるルール形成が求められるなど、特許の1つの判決が当事者以外の多数の企業・業界の実務に影響を与える場面が増えている。
本制度の趣旨を定める条文は「近年、複数の業界が関係するIoT関連技術が目覚ましい発展をみせ、また、いわゆる標準必須特許に関するルールの形成が求められるなど、特許を巡る情勢に変化が生じている」と明記している(特許法第105条の2の11の解説文)。こうした環境変化が、裁判所が一般社会に向けて意見を公募できる制度の創設を後押しした。
制度のモデルとなったのは米国の「アミカスブリーフ(法廷助言書)」だ。米国では特許の無効立証基準が争点となったMicrosoft対i4i事件(2011年)や、ソフトウェアの著作権・公正使用が争点となったGoogle対Oracle事件(2021年)など、社会的影響の大きい知財事件に多数のアミカスブリーフが提出され、判決にも引用されてきた実績がある。日本版の制度は、こうした海外の実践を参照しつつ、日本の弁論主義の枠内で運用できる形に設計されている。
過去の運用実績を振り返ると、制度創設以前(任意の慣行として)には、アップル対サムスン訴訟でFRAND宣言された標準必須特許に関する意見募集が行われた。制度創設後の事例としては、ドワンゴ対FC2訴訟で「海外サーバにおけるデータ生成行為への特許権の効力」という先端的論点をめぐって意見が募集された。そして今回のアミティーザ事件は、医薬用途発明の効力範囲という医薬品産業全体に影響しうる論点を対象としている。
中小企業・知財担当者にとって何を意味するか
「大手製薬会社の訴訟だから、うちには関係ない」——そう感じた読者こそ、立ち止まって考えてほしい。この制度が示す本質は、「特許権の効力範囲は、判決を通じて産業界全体のルールになる」という事実だ。自社が訴訟当事者でなくても、ある判決が下れば、自社製品・自社技術の扱いに影響が及ぶことがある。
特に中小メーカーに関係する論点は二つある。第一に、自社が保有する特許が「どこまでの行為を禁止できるか」という権利範囲の問題。第二に、他社特許を回避して製造・販売する際の「安全圏」の判断だ。医薬品の「用途特許」で争われているこの種の論点——すなわち特定の目的のために製造された物に特許権の効力が及ぶかどうか——は、製造業一般においても「用途限定」「用途結合」の文脈で頻出する。判決の方向性次第で、自社の製品設計や実施許諾契約の解釈が変わりうる。
また、今回の制度そのものを「使える武器」として認識しておくことも重要だ。中小企業が特許侵害訴訟の当事者になった場合——訴える側でも訴えられる側でも——、もし技術的・法的論点が業界全体に影響するほど重要であれば、弁護士・弁理士と相談のうえで第三者意見募集の申立てを検討する価値がある。業界団体や学術機関が専門知識を持つ第三者として意見を出すことで、当事者だけでは揃えきれない技術的・産業的コンテクストを裁判所に届けられる可能性がある。
一方で、現実的な制約も理解しておく必要がある。本制度は当事者の申立てが必要であり、裁判所が「必要がある」と認めた場合にのみ発動される。また、提出された第三者意見書を証拠として訴訟に取り込むかどうかは当事者が判断する。「意見を出せば必ず判決に反映される」保証はない。あくまで証拠収集の一手段として位置づけ、過度な期待は禁物だ。
知財担当者がいま取れる3つの行動
制度の存在を「知っている」だけで終わらせず、実務に落とし込むための具体的なアクションを整理しておこう。
- 【自社の技術領域で進行中の重要訴訟を把握する】知財高裁のウェブサイトでは、審決取消等訴訟の係属中事件一覧表が毎週火曜日に更新されている。自社が関わる技術分野の訴訟動向を定期的にチェックする習慣をつけよう。判決の方向性が見えてくれば、自社製品の権利範囲評価や契約条件の見直しタイミングを先読みできる。
- 【「用途限定」「医薬用途」の特許クレームの構造を理解する】今回の事件で争点となっている「医薬用途発明の特許権の効力」は、用途を絞って特許を取得したケースに普遍的に当てはまる問いだ。自社に「用途限定型」の特許やライセンス契約があれば、担当弁理士と改めて権利範囲を確認しておきたい。
- 【業界団体・研究機関との連携を事前に準備する】第三者意見募集に意見書を提出するためには、法律・技術両面の知識が必要だ。自社単独での対応が難しい場合に備え、業界団体の知財委員会や大学の知財部門、弁理士ネットワークとの日頃の連携を強化しておくことが、いざというときの対応力につながる。
まとめ——「傍観者」ではなく「観察者」であり続けること
知財高裁が現在実施している第三者意見募集は、9月30日が締切だ。今回の訴訟の当事者でなくとも、制度の仕組みを理解し、判決が自社の事業に与える影響をシミュレーションしておくことは、知財を経営に活かす企業にとって必須の習慣だ。
「大きな訴訟は大企業の話」という時代は終わりつつある。IoT・AI・標準規格をめぐる特許訴訟が産業横断的に影響を及ぼすいま、中小メーカーの知財担当者こそ、判例の動向を「自社ごと」として追いかけるアンテナを持ち続けてほしい。
なお、本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の事件への対応方針や出願・権利行使の可否についての法的助言ではない。具体的な対応は必ず弁護士・弁理士にご相談いただきたい。
よくある質問
Q. 第三者意見募集に意見書を提出できるのは専門家だけですか?
A. 制度上、提出者を専門家に限定する規定はありません。ただし、裁判所や当事者にとって有益な意見となるには、技術的または法律的な専門知識に基づいた内容が求められます。業界団体、大学・研究機関、弁護士・弁理士などが中心になることが多いでしょう。一般個人や中小企業が提出すること自体は妨げられていませんが、弁護士・弁理士への相談が現実的です。
Q. 自社が訴訟当事者でなくても、この制度の動向を追う必要がありますか?
A. はい、特に業界全体に影響しうる論点(標準必須特許、用途発明の効力範囲など)が争われている場合は、判決が自社製品の設計や契約解釈に影響することがあります。自社が当事者でなくとも、知財高裁の係属事件一覧や第三者意見募集の公告を定期的に確認することをお勧めします。
Q. 第三者意見募集制度は審決取消訴訟では使えないのですか?
A. 現行法では、本制度の対象は特許権・実用新案権の侵害訴訟および補償金請求訴訟に限定されています。特許庁の審決(無効審判の審決など)の取消しを求める審決取消訴訟は対象外です。商標権・意匠権・著作権に関する訴訟も対象外となります。
Q. 今回のアミティーザ訴訟への意見書は、いつまで、どこに提出すればよいですか?
A. 知財高裁が公表している募集要項によれば、提出期限は2026年9月30日です。提出先や様式の詳細は知的財産高等裁判所の公式ウェブサイト(https://www.courts.go.jp/ip/)で確認してください。提出を検討する場合は、必ず弁護士・弁理士にご相談ください。
出典:知財高裁、アミティーザ後発医薬品訴訟で第三者意見募集を実施——令和8年9月30日まで、特許法の適用について広く一般から意見書を受付
