AI時代の特許、「発明者」はどう変わるか

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特許庁は産業構造審議会知的財産分科会・特許制度小委員会において、AIを活用した発明の「発明者」定義の明文化に向けた審議を続けている。生成AIや自律型AIを研究開発に取り込む企業が急増する中、この議論は中小メーカーを含むすべての出願人にとって無視できない制度リスクと機会を同時に生み出している。

何が議論されているのか——3つの論点

特許庁の産業構造審議会知的財産分科会・特許制度小委員会は、AIと特許法の接点について長期にわたる審議を重ねている。現在の議論の核心は大きく三つに整理される。

第一に「発明該当性」——人がAIを使って生み出した成果物は、現行特許法が定める『自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの』に当たるのか。第二に「発明者の定義」——AIを積極的に使った開発プロセスで、誰が「発明者」として認定されるのか。第三に「引用発明の適格性」——AIが自動生成した論文や資料は、特許審査における新規性・進歩性の判断根拠(引用発明)になり得るのか。

特許庁はこれらについて、『自然人(人)がAIを利活用した発明は特許法に規定する発明に該当する』という方向で整理することを小委員会に提示した。また、AIを発明者として認めることは混乱を生じさせるとして、『AIを発明者とすることは認めない』という方針案も示されている。

特許庁が整理を進める「AI×特許法」3つの論点
1
① 発明該当性
人がAIを利用して生み出した成果物は特許法上の「発明」に該当するか。特許庁は「該当する」方向で検討。
2
② 発明者の定義
AIを多用した開発で「発明者」は誰か。AIを発明者とは認めない方針だが、発明者の明文化と認定基準の整備が検討課題。
3
③ 引用発明の適格性
AIが生成した論文・資料は審査での新規性・進歩性の判断根拠(引用発明)になり得るか。自社出願への影響も。

なぜ今、法整備が必要なのか——「発明者不在」リスクの現実

現行の特許法には「発明者」の定義を明文化した条文が存在しない。実務上は『自然人が前提』と解釈され運用されてきたが、AIが発明プロセスに深く介在するようになった今、この曖昧さが具体的な問題を引き起こし始めている。

「DABUS事件」として知られる国際的な議論がその象徴だ。AI(DABUS)を発明者欄に記載した特許出願が日本を含む各国でなされたが、東京地裁は令和6年5月の判決で『発明者は自然人に限られる』と明示した上で、立法論としてのAI発明に関する検討を急ぐよう促した。これを受けて特許庁の小委員会での審議が加速している。

問題の本質はここにある。AIを使えば使うほど、人の『創作的関与』が薄まり、現行の発明者認定基準のもとでは『発明者が存在しない』という空白状態が生じかねない。その状態では特許出願自体ができなくなる——そのリスクが、技術開発にAIを積極活用しようとする中小メーカーにも迫ってきている。

さらに、生成AIを使った先行技術調査の結果や自動生成レポートが、審査官に『引用発明』として扱われる可能性も浮上している。つまり、自社の出願が、誰かがAIに作らせた文書によって新規性なしと判断されるリスクが現実のものになりつつある。

中小メーカー・知財担当者への実務的インパクト

この制度論議は、大企業や製薬メーカーだけの問題ではない。生産ラインの最適化にAIを使う製造業者、AIで新素材の配合を探索する中小化学メーカー、設計支援にAIを使う部品サプライヤーなど、幅広い中小メーカーに直結する話だ。

現時点で特許法の改正はまだ確定していないが、法改正の方向性が固まれば、出願書類における発明者欄の記載実務が変わる可能性がある。具体的には、AIの関与を記録・管理するプロセスの整備、発明者認定の根拠を社内で文書化する体制づくりが求められてくると考えられる。

また、引用発明の適格性が整理されれば、自社の特許出願の有効性を審査するうえで、先行技術サーチの方法そのものを見直す必要が生じる場面もある。AIを使った先行技術調査を外部ベンダーに委託している場合は、その結果がどのような形で出願戦略に反映されているかを改めて確認しておく価値がある。

一方で、制度が整備されることには大きなメリットもある。AIを活用した開発成果が明確に保護対象と位置づけられれば、中小メーカーがAIに投資するインセンティブは高まる。現状の曖昧さを恐れてAI活用を躊躇している企業にとっては、むしろ制度整備が背中を押してくれる契機になり得る。

今すぐできる3つの備え

法改正の最終的な内容と施行時期はまだ確定していない。しかし、制度が動き出す前に準備できることは確実に存在する。以下の三点は、法改正の行方にかかわらず、AI時代の知財管理として有効な基盤整備だ。

第一に、AIの活用履歴を開発記録に残す習慣をつける。どの工程でどのAIツールを使い、人間の技術者がどの段階でどのような判断を加えたかを記録しておくことは、将来の発明者認定や権利帰属の議論に備える最初の一手になる。

第二に、社内の研究開発部門と知財担当者が定期的に情報共有する場をつくる。AIツールの導入が先行して知財部門が後から追いかける、という状況が多くの中小企業で起きているが、この時間差こそが権利化の機会損失につながる。

第三に、INPITの知財総合支援窓口を活用する。全国47都道府県に設置されており、相談は無料だ。AI活用と特許出願に関する最新の審査動向も随時情報提供が受けられる。制度変化への対応を自社だけで抱え込まない体制が重要だ。

  • AIの活用履歴を開発記録として文書化する
  • 研究開発部門と知財部門の情報共有サイクルを確立する
  • INPITの知財総合支援窓口(相談無料)を積極活用する
中小メーカーが今すぐ始める3ステップ
1
Step 1:開発記録の整備
AIを使った工程・ツール名・人間の判断内容を開発日誌や実験記録に残す。将来の発明者認定議論に備えた基盤。
2
Step 2:社内連携の仕組みづくり
研究開発部門がAIを導入したら、知財担当者に即共有するフローを確立。機会損失ゼロの体制へ。
3
Step 3:INPIT窓口を使い倒す
全国無料の知財総合支援窓口でAI×特許の最新動向を入手。一人知財・知財未経験でも専門家に相談できる。

制度議論の行方を追う視点

特許庁の小委員会での審議は、最終的には法改正案のとりまとめ、パブリックコメント、国会提出というプロセスへと続く。AI発明をめぐるルール形成は日本だけの動きではなく、EPO(欧州特許庁)、USPTO(米国特許商標庁)、WIPO(世界知的所有権機関)でも同時並行で議論が進んでいる。特許庁は国際調和に配慮しながら、国内の産業発展を阻害しない制度設計を目指す姿勢を示している。

こうした国際的な動向を踏まえると、日本の法改正が他国制度と大きくかけ離れた方向に進む可能性は低い。ただし、細部の要件設定——たとえばAI関与の程度をどう判断するか、引用発明としてのAI生成物をどう扱うか——は各国で異なる整理がなされる可能性もある。海外出願を行う中小メーカーにとっては、国ごとのルール差異にも注意が必要だ。

今後の小委員会の開催情報や配布資料は、特許庁ウェブサイトの産業構造審議会知的財産分科会・特許制度小委員会のページで随時公開される。読者の皆さんには定期的な確認を強くお勧めしたい。

よくある質問

Q. 現時点でAIを使って開発した発明は特許出願できますか?

A. 現行法の下でも、人がAIを利活用して行った発明として出願することは可能です。特許庁は「自然人がAIを利活用した発明は特許法上の発明に該当する」方向で整理を進めており、出願自体を妨げる制度変更は現時点では予定されていません。ただし発明者認定の要件など細部が今後変わる可能性があるため、弁理士や知財専門家への相談を推奨します。

Q. AIが自動で生成した発明(AI自律発明)も特許を取れますか?

A. 現状では困難です。日本の裁判所は「発明者は自然人に限られる」と判示しており、AIを発明者とすることは認めない方針が有力です。ただし、AI自律発明を特許法でどう保護するかは引き続き審議中であり、将来的に別途の保護制度が設けられる可能性を排除できません。

Q. AIが生成した論文が引用されて、自社の特許が拒絶されることはありますか?

A. この点はまだ制度上の結論が出ていません。特許庁は「AIを利用して生成した資料・論文等を引用発明として認定するための要件や基準を整理する」方針を示しており、今後ガイドラインが明確化される予定です。現時点では、先行技術サーチ時にAI生成物の存在にも注意しながら出願戦略を組み立てることが無難です。

Q. 法改正はいつ施行されますか?

A. 現時点では改正法案の国会提出時期は確定していません。産業構造審議会での審議→とりまとめ→パブリックコメント→法案提出→国会審議→施行、というプロセスが必要なため、法改正の実施は早くても数年単位の見通しです。特許庁ウェブサイトの小委員会ページで最新情報を随時確認してください。

出典:特許庁、「AIを利用した発明」の発明者定義を明文化する方向で検討——産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会