ラーメンチェーン「AFURI」を運営するAFURI株式会社と、日本酒「雨降(あふり)」を製造する吉川醸造株式会社の商標紛争が、2026年7月6日付けで和解により終結した。2023年夏のSNS炎上から始まり、特許庁・知財高裁で複数の審判・訴訟が並走した約3年間の攻防は、地名由来のブランドを持つすべての中小企業にとって教訓の宝庫だ。
何が争われたのか——同じ「阿夫利山」を源泉とする2つのブランド
AFURI株式会社は神奈川県丹沢山系の大山(別称・阿夫利山)の湧き水をスープの仕込み水に用いたことにちなみ「AFURI」を店名とした人気ラーメンチェーンだ。一方、神奈川県伊勢原市に隣接する厚木市の吉川醸造は、同じ阿夫利山の水を原料に用い、大山阿夫利神社の神職が命名した「雨降(あふり)」という銘柄の日本酒を製造販売していた。つまり双方とも、同じ地域の同じ山を共通のルーツとしながら、異なる業種でほぼ同じ読みの名称を使用していたことが紛争の起点となった。
2020年、AFURI社は日本酒分野でのブランド事業展開を視野に「AFURI」の商標を清酒区分(第33類)で登録。その後、新型コロナウイルス感染拡大で日本酒事業を一時中止していた間に、吉川醸造がラベルに「AFURI」のアルファベット表記を加えた「雨降(AFURI)」という商品を販売し始めた。2022年8月、AFURI社は使用差止と商品廃棄を求める通知を送付し、交渉が決裂したため2023年8月に東京地方裁判所へ提訴した。SNS上での双方の情報発信が炎上を招き、知財業界の内外で広く注目を集めた事案となった。
3年間の攻防——審判・訴訟が複数並走した異例の展開
本件が際立っていたのは、商標権侵害訴訟(東京地裁)だけでなく、特許庁における無効審判、さらにその審決取消訴訟(知財高裁)が複数同時並行で進んだことだ。互いに「相手の商標登録を無効にしよう」「自分の商標権を守ろう」という攻防が繰り広げられた。
知財高裁は2024年5月、AFURI社が吉川醸造の「雨降」商標の無効を求めた審決取消訴訟でAFURI社の請求を棄却し、「雨降」の登録は有効とした。また2025年10月には、吉川醸造がAFURI社の「AFURI」商標の無効を求めた審決取消訴訟で、AFURI社による商標登録は無効でないとの判断も示された。つまり双方の主要商標は「有効」のまま、それぞれが並立する状況が続いていた。
こうした一連の審判・訴訟を経て、2026年7月6日付けで両社は和解に合意し、全ての係争が終結した。和解の具体的な条件は公表されていないが、双方のプレスリリースでは「円満な解決」と表現されており、地域の歴史的呼称への敬意を双方が示す内容が含まれていた。AFURI社は2026年4月に、衣服やアクセサリー等を指定した「阿夫利」の商標出願を取り下げており、事業展開の方向性を一定程度絞り込んだ可能性がある。
中小企業・知財担当者が受け取るべき7つの教訓
この紛争は「大企業 vs 中小企業」ではなく、規模の異なる中小・中堅企業どうしが業種をまたいで衝突した事案だ。3年間の紛争コスト(弁護士・弁理士費用、経営者の時間、ブランドイメージへの影響)は双方にとって膨大だったはずだ。同様のリスクを回避するために、以下の点を自社に照らして確認してほしい。
まず「地名・地域名に由来するブランド名は特にリスクが高い」という事実を直視することが出発点となる。「阿夫利山」という同じ地理的背景から生まれた2つのブランドが、業種が違うにもかかわらず衝突した。地名由来のネーミングは第三者も同様に権利主張できる余地を常に孕んでおり、自社だけの「専有物」とはなりにくい。
次に「業種が違うからといって安心しない」という点だ。商標制度では、指定区分が異なっても、著名な商標との混同が生じる場合は権利行使が認められる可能性がある。特に飲食・食品・酒類・小売・観光などは区分をまたいだブランド衝突が起きやすい領域だ。事業の多角化を検討している場合は、新展開先の区分を先回りして確認し、必要なら出願しておくことが重要だ。
また「不使用のまま商標登録を維持することのリスク」にも注意が必要だ。AFURI社が清酒区分で商標を登録していたものの、新型コロナの影響で実際には使用していなかった期間が問題視された局面があった。商標は登録して終わりではなく、継続的な使用と管理が求められる。不使用取消審判(登録から3年以上使用していない商標に対して請求できる)により権利を失うリスクがある点を忘れてはならない。
- 地名・地域名・神社名由来のブランドは第三者も同等の権利主張をしやすい
- 業種(指定区分)が異なっても、著名商標との混同が認められれば権利行使の対象になり得る
- 事業拡張予定の区分は早めに商標出願しておく(先願主義)
- 登録後も継続的に使用しないと不使用取消審判で権利を失うリスクがある
- 競合他社の出願・登録状況を定期的にモニタリングする
- 警告・通知を受けた際は感情的なSNS発信を避け、専門家に相談する
- 和解・ライセンス交渉は訴訟提起前から選択肢に入れておく
商標出願前に必ずやるべき「類似調査」の実践手順
今回の事案が示す最大の実務的教訓は、「自社ブランドと同一・類似の名称が他の区分で既に登録されていないか、事前調査を徹底する」ことの重要性だ。特許庁が無料で提供する「J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)」では、商標の称呼(読み方)・外観・観念を軸に類似商標を横断検索することができる。
ただしJ-PlatPatの検索結果はあくまで参考であり、類似性の最終判断は法的・専門的知識を要する。「一見似ていない」「業種が全然違う」と思っても、称呼(読み方)が同じであれば類似と判断される可能性がある。AFURI(あふり)と雨降(あふり)はまさにその典型だ。出願前に弁理士に相談し、専門的な類似調査を行うことを強く推奨する。
また、自社が既に商標登録している場合も、定期的に類似出願・登録の監視(商標ウォッチ)を行うことが重要だ。INPITが提供する「知財総合支援窓口」では、弁理士・弁護士への無料相談を受け付けており、中小企業でも専門的なアドバイスを得やすい環境が整っている。
地域団体商標・共同商標という選択肢
今回の紛争で浮き彫りになった「地域名・地名由来ブランドの独占的帰属問題」に対し、商標制度には「地域団体商標」という制度が存在する。事業協同組合や商工会議所などの団体が出願し、地域の複数の事業者がブランドを共同で使用・管理する仕組みだ。輪島朝市(輪島商工会議所)や各地の農産品ブランドなどが活用してきた実績がある。
地域に根差したブランドを持つ中小企業や生産者にとっては、一社で商標を「独占」しようとするより、地域団体商標や複数主体による共同管理のスキームを検討する方が、地域内の軋轢を避けながらブランドを守れる場合がある。今回のAFURI事案も、双方が地元・丹沢・阿夫利山という同じ地域文化に根差したブランドを持つだけに、こうした枠組みが紛争の回避策として有効だったかもしれない。
自社のブランドが「地域の共有財産性」を持つ場合、地元の商工会議所やINPITの知財総合支援窓口に相談しながら、地域団体商標の可能性を検討することが紛争予防の一手になり得る。
よくある質問
Q. 業種(指定区分)が違えば、同じ読みのブランド名を使っても問題ないのでは?
A. 必ずしもそうとは言えません。商標が著名性を持つ場合、指定区分が異なっていても「混同を生じさせる」として権利行使が認められるケースがあります。また将来的に権利者が事業を拡大し、自社の区分と重なった時点で紛争リスクが生じます。出願前に弁理士への相談と専門的な類似調査を行うことを推奨します。
Q. 地名に由来するブランド名は商標登録できないのですか?
A. 「著名な地名のみからなる商標」は原則として登録が認められませんが、地名としての認知度が低い場合や、識別力を獲得している場合は登録が認められることがあります。本件でもAFURIが「地名として認識されない」と判断されたことが登録有効の根拠の一つとなりました。ただし判断は個別事案ごとに異なるため、専門家への相談が不可欠です。
Q. 不使用取消審判とは何ですか?中小企業も注意が必要ですか?
A. 登録商標が継続して3年以上使用されていない場合、第三者がその登録の取消を特許庁に請求できる制度です。使用実態がなければ商標権を失うリスクがあるため、登録後も継続的な使用と使用証拠の保管が重要です。中小企業でも事業環境の変化で使用が止まるケースがあり、定期的な棚卸しが必要です。
Q. 地域に根ざしたブランドを持つ中小企業が紛争を予防する方法はありますか?
A. 地域団体商標(事業協同組合や商工会議所が出願できる制度)の活用が一つの選択肢です。一社で独占するのではなく、地域の複数事業者で共同管理することで、地域内の軋轢を避けながらブランド価値を守れます。INPITの知財総合支援窓口では無料で専門家に相談できます。
Q. 警告書が届いた場合、まずどうすれば良いですか?
A. すぐにSNS等で感情的な発信をすることは避けてください。本件でも双方のSNS発信がレピュテーションリスクにつながりました。まず弁護士・弁理士に連絡し、警告内容の法的妥当性を専門家に判断してもらってから、回答・対応方針を決めることが重要です。


