2026年9月15日、東京地裁は磁性バックルの特許権をめぐる訴訟で、幼児用品の販売会社に約4,500万円の損害賠償を命じた。注目すべきは「バックル部分は別会社が製造していた」という事実だ。自社で部品を作っていなくても、販売行為そのものが特許権侵害と認定されうる——この判決は中小メーカーにとって他人事ではない。
判決の概要——何が起きたのか
2026年9月15日、東京地方裁判所(岩井直幸裁判長)は、マグネットの磁性を利用して容易に着脱できるバックルの特許権を持つ会社が、「エアバギー」ブランドで知られるベビーカー等の幼児用品販売会社を訴えた事件で、原告の特許権侵害を認定した。
判決によれば、販売会社は2021年12月から2024年3月にかけて、抱っこひもとベビーカーの計5製品を順次販売していた。そして裁判所が特に重視したのは、これら製品のバックル部分が別の製造会社によって作られていた、という事実だ。それでも東京地裁は、バックル部分や抱っこひもへの権利侵害を認定し、約4,500万円の支払いを命じた(原告請求額は約1億5,000万円)。
また、販売会社側は「特許発明の新規性の欠如」を反論の柱の一つとして主張したが、裁判所はこれを退けた。特許の有効性を崩せなければ、侵害の認定から逃れることは難しい——この点も本判決の重要なメッセージである。
「部品は他社製」でも販売者が責任を負う理由
「うちは部品を外注しているから大丈夫」という感覚を持っている経営者は少なくない。しかし特許法の構造は、この感覚を裏切る。
特許権者は、特許発明の実施を専有する(特許法68条)。「実施」には、物の発明の場合、その物を「生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、輸出し若しくは輸入し又は譲渡等の申出をする行為」が含まれる(同法2条3項1号)。つまり、製品の販売(譲渡)行為それ自体が、直接侵害となりうる。部品を自社で製造していないことは、販売行為の侵害性を免責する理由にはならない。
さらに特許法101条の「間接侵害」規定も存在する。特許品の生産にのみ用いる物を製造・販売する行為は、たとえ特許発明そのものを「実施」していなくても侵害とみなされる。今回の事案では販売会社が直接侵害の文脈で争われたが、部品メーカーが間接侵害を問われるリスクも理論上は生じる。OEM(受託製造)で部品を供給する中小企業も、リスクの対岸にはいない。
サプライチェーンが複雑化した現代において、「自分は川下の販売だけ」「自分は部品の製造だけ」という役割分担が、特許侵害リスクの分散とはならない。最終製品が特許権を侵害していれば、その流通に関与する各主体が個別に責任を問われる可能性がある。
中小メーカーが今すぐ確認すべき3つのポイント
本判決を踏まえ、中小メーカーの経営者・知財担当者が実務上チェックすべき論点を整理する。
- 【仕入れ部品・OEM品の特許調査】自社が販売する製品に組み込まれている部品について、サプライヤーから「他社特許を侵害していない」という保証(非侵害保証条項)を契約書に盛り込んでいるか。口頭の確認だけでは不十分で、仮に部品メーカーが知らずに侵害品を製造していた場合でも、販売会社が最前線で訴えられるリスクがある。
- 【新製品開発時のFTO(自由実施可能性)調査】新商品をリリースする前に、競合他社の特許権を侵害していないかをJ-PlatPat等で確認するFTO(Freedom to Operate)調査を実施しているか。磁性バックルのような機構部品は、一見シンプルに見えても保護範囲の広い特許が取得されていることがある。
- 【特許無効の主張を過信しない】販売会社は「特許の新規性が欠如している」と主張したが、裁判所はこれを退けた。特許が登録されている以上、有効性推定が働く。無効主張は特許庁での無効審判(特許法123条)や、訴訟における無効の抗弁(同104条の3)として争う必要があり、専門家なしに独自判断するのは危険だ。
「自社には特許がない」企業こそリスクが高い
特許権を持っていない企業は、自社を守る「盾」がない状態で市場に立っている。自社特許があれば、相手からの侵害主張に対してクロスライセンス交渉のカードを持てる。しかし特許ゼロの企業は、正面から賠償リスクと向き合わなければならない。
中小メーカーが特許を取得することのメリットは、自社技術の独占だけではない。「万が一侵害を主張された際の交渉力」「差止・賠償リスクの軽減」という防衛的な価値もある。特許庁やINPITが提供する知財総合支援窓口では、無料の相談を通じて出願戦略の立案や先行技術調査の方法についてアドバイスを受けることができる。まずは相談の一歩を踏み出してほしい。
また、自社が長年使ってきた技術が実は他社に先に特許化されていた——というケースも現実に起きる。特に機構部品や接合方法など、製品の「あたりまえ」と思っていた仕組みについて、定期的に特許マップで周辺特許を確認する習慣が有効だ。J-PlatPat(無料)を活用すれば、技術分野ごとの出願動向を自社でも把握できる。
読者が今日から取れる行動
本判決のような事案は、大企業だけの問題ではない。むしろ法務・知財体制が整っていない中小メーカーほど、侵害リスクに気づかないまま販売を続けてしまいやすい。以下のアクションリストを参考に、自社の状況を点検してほしい。
- J-PlatPatで主力製品に関連する特許を検索し、侵害の可能性がないか確認する(無料)
- OEM・仕入れ先との契約書に「第三者の知的財産権を侵害しない」旨の保証条項があるか見直す
- 新製品の設計段階でFTO調査を実施するフローを社内ルールとして整備する
- INPITの知財総合支援窓口に無料相談を申し込み、現状の知財リスクを専門家に診てもらう
- 自社の核心技術について、特許出願の可能性を弁理士に相談する
よくある質問
Q. バックル部分を製造したのは別会社なのに、なぜ販売会社が賠償を命じられたのですか?
A. 特許法は、特許発明を実施する行為として「生産」だけでなく「販売(譲渡)」も侵害行為として規定しています(特許法2条3項)。バックル部分が特許権の保護範囲に含まれる以上、その部品が組み込まれた製品を販売する行為自体が直接侵害となりえます。「製造者と販売者が異なる」という事実は、販売会社の侵害責任を自動的に免除する理由にはなりません。
Q. 自社製品が他社特許を侵害しているか、自分で調べる方法はありますか?
A. 特許庁が無料で提供するJ-PlatPat(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)で、キーワードや技術分類(IPC)を使った先行特許の検索が可能です。ただし、クレームの解釈や侵害該当性の最終判断には専門的知識が必要なため、INPITの知財総合支援窓口への無料相談や弁理士への相談を組み合わせることをお勧めします。
Q. 「この特許は無効だ」と主張して侵害を免れることはできますか?
A. 特許法104条の3に基づき、訴訟の中で特許の無効を抗弁として主張することは法律上認められています(「無効の抗弁」)。しかし、登録特許には有効性推定が働くため、無効を立証する責任は主張する側(被疑侵害者)にあります。今回の判決でも、販売会社の新規性欠如の主張は退けられました。無効主張はハードルが高く、事前の調査・専門家への相談なしに当てにするのは危険です。
Q. 中小企業でも特許侵害訴訟を起こされることはあるのですか?
A. あります。特許権者にとって侵害対象の企業規模は関係なく、権利侵害が認められれば差止・賠償請求が可能です。近年は中小企業間の特許紛争も増えています。また、今回のケースのように有名ブランドの製品に関連する場合、中小の部品メーカーや販売代理店が意図せず侵害の連鎖に巻き込まれるリスクもあります。
