特許審査基準が変わった——進歩性・除くクレームの新ルールを読む

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2026年7月1日、特許庁は特許・実用新案審査基準を改訂した。目玉は二つ——進歩性を判断する際に「要素の程度の差異」まで総合評価することの明記と、「除くクレーム」補正の許容範囲の厳格化だ。出願戦略や拒絶理由対応に直接影響するこの変更は、中小メーカーや自社製品を守りたい知財担当者が見逃すことのできない制度変更である。

何が変わったのか——改訂の2本柱

特許庁は2026年7月1日以降に行われる審査から適用される改訂版の特許・実用新案審査基準を公表した。今回の改訂の核心は、(1)進歩性判断における「程度の差異」の明記、(2)「除くクレーム」補正が認められる条件の厳格化——この2点に集約される。

まず進歩性についてだ。従来の審査基準でも「動機付け」「阻害要因」「有利な効果」といった要素が進歩性の肯否に関わることは知られていたが、改訂後の基準ではそれぞれの要素の「有無」だけでなく、「それぞれの要素の程度の差異」も踏まえて総合的に評価することが明記された。つまり、阻害要因がある場合でも、その「強さ・程度」によって進歩性を肯定する方向への働きが変わることが、審査官に対してより明確に示されたことになる。

次に除くクレームだ。審査段階で新規性や進歩性の拒絶理由を受けた出願人が、引用発明と重なる部分を請求項から除外する補正(「除くクレーム」補正)を行うことがある。改訂後は、除外する対象が「出願当初から自社の発明に含まれることが到底想定されないほど、技術的思想が顕著に異なるもの」でなければならないと要件が明確化された。単に「引用発明との重なりを除く補正だ」と主張するだけでは新規事項ではないとは判断されなくなり、補正が許される条件が狭まった。

なぜ今、この改訂が行われたのか

この改訂は唐突に起きたわけではない。産業構造審議会・知的財産分科会の特許制度小委員会ワーキンググループにおいて、審査基準の明確化が議論され、2026年春にパブリックコメントが実施されたうえで策定された。

進歩性の「程度の差異」明記については、これまで審査の現場で「阻害要因があれば進歩性を肯定する絶対的な要素」として扱われる傾向があったとの指摘を受け、実態に即した柔軟な総合評価を促すための改訂だとされている。審査官が引用文献に明示的に記載された課題だけにとらわれず、当業者にとって自明な課題なども考慮することが明記された点も同様の文脈だ。

除くクレームの厳格化については、「技術的思想としては顕著に異なる発明ではない場合、除くクレームとすることによって進歩性欠如の拒絶理由が解消されることはほとんどない」という考え方が特許庁から示されていたが、審査基準上の明文化が不十分だった。これを補正が許容される類型の条件として明確に定義し直したものだ。

中小メーカーの知財担当者への実務インパクト

この改訂は抽象的な制度論にとどまらず、中小メーカーの現場に直接影響する。以下、具体的なポイントを整理しよう。

第一に、拒絶理由通知への対応が変わる可能性がある。改訂前は、引用発明との重なりを除けば「新規性が回復した」と主張しやすかったが、改訂後は「技術的思想が顕著に異なること」を示さなければ、除くクレーム補正は認められにくくなった。これは、補正による逃げ道が狭まることを意味する。自社の発明が競合他社や先行技術と本質的に何が違うのか、出願時の明細書・クレームの段階から明確に書き込んでおくことの重要性が増している。

第二に、進歩性の「程度評価」の明記は、出願人にとって有利に働く場面もある。たとえば、阻害要因の程度が大きい技術分野——一般常識に反する方向への改変や、先行技術に明確に「やってはいけない」と書かれている設計変更を含む発明——では、その強い阻害要因を丁寧に主張することで、進歩性を肯定する方向への働きをより強く審査官に認識させやすくなる。意見書や審判請求書での主張戦略をこれまで以上に精緻に組み立てることが求められる。

第三に、既存の出願・係属中の案件を見直す必要がある。令和8年7月1日以降に行われる審査から改訂基準が適用されるため、現在審査中の案件にも影響する。特に審査請求済みで拒絶理由通知を受けていない案件、あるいは拒絶査定を受けて不服審判を検討中の案件については、改訂後の基準に沿った戦略を弁理士と確認しておくことが望ましい。

  • 出願明細書の段階で「技術的思想の違い」を明確に記載する
  • 除くクレームに頼る補正戦略は見直しを検討する
  • 阻害要因の「程度・強さ」を意見書で積極的に主張する
  • 係属中・審査請求済みの案件は、弁理士と改訂基準に沿った対応を協議する
改訂後の審査基準に対応する実務チェックフロー
1
Step 1:出願前
「この技術は従来技術と技術的思想として何が顕著に異なるか」を開発者・弁理士と言語化し、明細書に明確に記載する。
2
Step 2:拒絶理由通知受領時
「除くクレーム」補正を検討する前に、引用発明と技術的思想が顕著に異なるかどうかを確認。異ならない場合は補正ではなく意見書での主張や請求項の減縮を優先する。
3
Step 3:意見書作成時
阻害要因が存在する場合は、その「程度・強さ」を具体的証拠(文献・技術常識)とともに示し、進歩性を肯定する方向への寄与が大きいことを積極的に主張する。
4
Step 4:係属中案件の見直し
審査請求済みで未着手の案件は、改訂基準の影響を弁理士と確認。特に除くクレームや進歩性の主張戦略に関わる案件を優先的にレビューする。

「特許を取る」前の設計思想を見直す好機

今回の審査基準改訂は、単なる手続きルールの変更ではなく、日本の特許審査が「形式的なクレームの切り取り」より「発明の本質的な技術的差異」を重視する方向へ舵を切ったことを示すシグナルだ。

中小メーカーにとってこれは、むしろチャンスでもある。大企業が数多くの特許網を張り巡らせる中で、中小企業が取り得る最善の戦略は、自社技術の「核心にある技術的思想の差異」を丁寧に言語化して権利化することだ。開発エンジニアと知財担当者、そして弁理士が三位一体で「なぜこの技術は従来と本質的に違うのか」を掘り下げる作業こそ、今回の改訂が後押しする方向性と一致する。

「拒絶されたら除くクレームで逃げる」という受け身の出願戦略から脱却し、出願前から技術的差異を明確にする攻めの出願設計へ——この転換を促すという意味で、今回の審査基準改訂は中小メーカーの知財活動を底上げするきっかけになり得る。

なお、本記事は制度・審査基準の概要解説を目的としており、個別の出願や補正の可否判断に関する法的助言を行うものではない。具体的な対応は、担当弁理士や特許庁のINPIT知財総合支援窓口への相談を推奨する。

出典

・特許庁「審査基準の改訂について(令和8年7月施行)」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/kaitei2/r8_shinsa_kijun_kaitei.html
・特許庁「「除くクレーム」とする補正について(令和8年7月更新)」
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/letter/nozoku.html
・特許庁「特許・実用新案審査基準」
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/index.html

よくある質問

Q. 今回の審査基準改訂は、すでに出願済みの案件にも影響しますか?

A. はい、令和8年(2026年)7月1日以降に行われる審査から改訂後の基準が適用されます。出願日ではなく「審査が行われる日」が基準になるため、それ以前に出願・審査請求済みの案件でも、7月1日以降に審査が進む場合は改訂基準の対象となります。担当弁理士に確認することをお勧めします。

Q. 「除くクレーム」補正はもう使えなくなったのですか?

A. 完全に使えなくなったわけではありません。引用発明と技術的思想が顕著に異なる場合には引き続き認められます。ただし、単に引用発明との重なりを除くだけでは認められにくくなったため、「技術的思想の顕著な差異」を示せるかどうかが重要な判断基準になります。

Q. 進歩性の「程度の差異」評価は出願人にとって有利になりますか?

A. 場合によります。強い阻害要因がある発明では、その程度を積極的に主張することで進歩性を認めてもらいやすくなる可能性があります。一方、弱い阻害要因しかない場合には以前より進歩性が否定されやすくなるケースも想定されます。意見書での主張戦略が以前以上に重要になります。

Q. 中小企業が無料で相談できる窓口はありますか?

A. INPITが全国に設置している「知財総合支援窓口」では、弁理士等の専門家が中小企業の知財相談に無料で対応しています。審査基準改訂を踏まえた出願戦略の見直しについても、まずはこちらへの相談が一つの手がかりになります(https://chizai-portal.inpit.go.jp/)。

出典:審査基準の改訂について(令和8年7月1日施行、特許庁)