特許警告書が「違法」になる日——知財高裁判決が示す実務リスク

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「うちには特許がある。競合の製品は侵害だ」と取引先や顧客に伝える行為は、知財戦略の一手として広く行われている。しかし知財高裁は最近、こうした通知行為が不正競争防止法上の「虚偽事実告知行為」に該当するとして、差止めと損害賠償を認めた。正当な権利行使と違法行為の境界はどこにあるのか。中小企業の経営者・知財担当者が今すぐ確認すべき実務上のポイントを整理する。

今回の判決——何が起きたか

知的財産高等裁判所は、ある企業が競合他社の顧客に対して「競合製品は特許権を侵害している」旨の通知を行った行為について、正当な権利行使とは認められないと判断した。裁判所は、当該通知が不正競争防止法第2条第1項第21号の定める「虚偽事実の告知行為」に該当するとして、被控訴人(通知を受けた競合企業)が求めた差止めおよび損害賠償請求を認めた原判決を維持した。

通知の内容や具体的な事実認定の詳細は判決文に委ねられるが、裁判所が判断したポイントは大きく二つある。①通知した内容が「虚偽」または根拠不十分であること、②その行為が競合他社の営業上の信用を害する目的・効果を持っていること——この両方が揃ったとき、特許権者としての通知行為は「正当な権利行使」の免罪符を失い、不正競争行為として法的責任を負う。

知財高裁がこうした判断を示した意義は大きい。特許権者が警告書を送る行為は、法律上「権利行使」として広く認められてきた。しかし、十分な侵害調査を経ずに、あるいは競合を市場から締め出す目的で、顧客・取引先に「あの会社の製品は特許侵害だ」と触れ回る行為には、明確な法的リスクが伴うことを今回の判決は改めて示している。

なぜ中小企業こそ注意が必要なのか

中小メーカーの経営者から「特許を取ったら競合に警告したい」という声をよく聞く。その動機は理解できる。開発コストをかけて生み出した技術を模倣され、価格競争に引き込まれる——そのような経験をした経営者にとって、特許権は「反撃の武器」である。

問題は、特許権を「持っている」ことと、競合製品が「実際に侵害している」ことは別物だという点だ。自社特許のクレーム(請求項)が競合製品の構成要件を文字通りカバーしているかどうかは、専門的な鑑定を必要とする技術的・法的判断であり、経営者や担当者の直感だけでは判断できない。

にもかかわらず、「うちの特許に引っかかっているはずだ」という主観的確信だけを根拠に、競合の顧客・取引先に通知を送れば、今回の判決が示した法的リスクに直面する可能性がある。損害賠償請求を受けるだけでなく、差止めによって通知行為自体を禁じられる事態も想定される。中小企業にとってこれは、事業継続を揺るがしかねないリスクだ。

さらに、特許行政年次報告書2026年版によれば、2025年の特許出願件数は前年比16.8%増の358,317件に上り、中小企業による出願件数は約3.8万件(内国人出願全体の約13.4%)に達している。特許を「取る」企業が増えた分だけ、権利行使の局面も増え、今回のような問題が生じるリスクも拡大している。

「正当な権利行使」と「虚偽事実告知」——境界線はどこか

不正競争防止法第2条第1項第21号は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争行為として規制している。ここで重要なのは「虚偽の事実」という要件だ。法律の文言だけ見れば、「本当に侵害している事実を告知する行為は問題ない」と読める。

しかし、実務上の判断はそれほど単純ではない。「侵害している」と言い切るためには、相手方製品が自社特許の構成要件をすべて充足しているという法的・技術的根拠が必要だ。その根拠が不十分なまま断定的な表現で通知した場合、裁判所はその事実の告知を「虚偽」と評価しうる。また、侵害の事実が仮に真実であっても、顧客への告知が競合の営業妨害を主目的としている場合には、告知の「正当性」が否定される余地がある。

正当な権利行使と判断されやすい通知の要件を整理すると、①侵害の有無について専門家(弁理士・弁護士)による分析を事前に行っていること、②通知先を競合企業本体(侵害行為者)に限定すること(いきなり顧客・取引先に送ることを避ける)、③通知の表現が断定的・誇張的でなく、事実に基づいた冷静なものであること、④通知の目的が侵害行為の停止にあり、競合排除ではないことが説明できること——こうした点が、司法判断において「正当性」を支える要素となる。

  • ①事前に弁理士・弁護士によるクレームチャートを含む侵害分析を行う
  • ②通知先は原則として競合企業(侵害行為者)に限定し、いきなり顧客・取引先に送らない
  • ③通知文の表現は断定的・脅迫的にせず、根拠と共に法的対話を促す内容にする
  • ④通知の目的を「侵害行為の停止」に絞り、競合排除目的と取られる表現を避ける
  • ⑤通知後のやりとりを記録し、対話の機会を提供した証跡を残す
競合への特許権行使——リスクを避ける5ステップ
1
STEP 1:侵害分析
弁理士にクレームチャートを依頼。相手製品が自社特許の全構成要件を充足するか書面で確認する。
2
STEP 2:社内検討
通知の目的・範囲・表現を法務・経営層で確認。「侵害停止」以外の目的が混入していないかチェック。
3
STEP 3:競合企業への警告
まず競合企業本体に内容証明で通知。表現は断定的にせず、対話・協議を促す内容にする。
4
STEP 4:対話・交渉
相手方から反論・回答があれば誠実に対応。交渉経緯をすべて記録として残す。
5
STEP 5:法的手続きへ移行
交渉不調の場合のみ、弁護士と連携して訴訟・税関差止等の法的措置を検討。顧客への通知はこの段階で慎重に判断。

知財担当者・経営者が今すぐ取るべき行動

では、「競合に特許で対抗したい」という場面で、実務的にどう動けばよいか。まず最初のステップは、「本当に侵害しているか」を専門家に確認することだ。弁理士に依頼してクレームチャートを作成してもらい、相手製品の構成要件との対比を書面で残す。この作業は、後に訴訟になった際の証拠にもなるし、「根拠なく告知した」という批判を防ぐ盾にもなる。

次に、通知の順序を設計する。競合企業への内容証明郵便による警告が先であり、顧客・取引先への通知はその後、交渉が決裂した場合の最終手段として位置付けるべきだ。顧客に先に通知すると、競合の営業活動を妨害したと見なされやすく、今回の判決のような事態を招きやすい。

また、自社が被害者側になるケースも想定しておく必要がある。競合から「あなたの会社の製品は特許侵害だ」という通知が顧客に届いた場合、それが根拠薄弱なものであれば、不正競争防止法に基づいて差止めや損害賠償を請求できる可能性がある。こうした局面でも、すぐに専門家に相談することが肝要だ。

特許権は「持っているだけ」では価値を生まない。しかし「使い方を誤る」とリスクにもなる。自社の知財戦略を点検し、警告・通知の手続きについて社内ルールを整備しておくことが、今回の判決が示した最大の教訓だ。

なお、知財総合支援窓口(INPIT)では、中小企業向けに無料で知財専門家への相談ができる体制を整えている。競合への対応や警告書の作成方針について迷っている場合は、まずINPITの窓口を活用して専門家の見解を聞くことを強くすすめる。

まとめ——「特許を持つ」から「特許を正しく使う」へ

今回の知財高裁判決は、特許権者の側に対して「権利を持っていても、行使の方法を誤れば加害者になる」という厳しいメッセージを送っている。中小企業が特許出願を増やし、知財経営に乗り出すこと自体は望ましい。しかしそのプロセスで「警告書を送れば競合を黙らせられる」という安易な発想に流れると、逆に自社が訴えられる事態になりかねない。

特許は「取る」ことが目的ではなく、「事業を守り、競争優位を高める」ために使うものだ。権利行使の場面では、専門家と連携した丁寧な手続きが不可欠であり、それが結果的に自社のリスク管理にもつながる。「特許を持つ企業」から「特許を正しく使える企業」へのステップアップが、今の中小企業に求められている。

よくある質問

Q. 競合の製品が明らかに自社特許に似ていれば、すぐに警告書を送っても問題ないですか?

A. 「似ている」という印象だけでは不十分です。特許侵害の成立には、相手製品が自社特許の請求項(クレーム)に記載された全構成要件を充足することが必要です。まず弁理士にクレームチャートの作成を依頼し、侵害の有無を専門的に確認してから警告書の作成に進むことをお勧めします。

Q. 競合から自社の顧客に「御社が使っている部品は特許侵害だ」という通知が届きました。どう対応すればよいですか?

A. その通知に根拠が乏しければ、不正競争防止法第2条第1項第21号に基づく「虚偽事実告知行為」として差止めや損害賠償を請求できる可能性があります。まず弁護士・弁理士に通知書の内容を確認してもらい、競合の特許が実際に自社製品に及ぶ根拠があるかを精査することが先決です。

Q. 知財総合支援窓口(INPIT)はどこで相談できますか?

A. INPITは全国の都道府県に「知財総合支援窓口」を設置しており、中小企業であれば無料で弁理士・弁護士等の専門家に相談できます。INPITの公式サイト(inpit.go.jp)から最寄りの窓口を検索し、事前予約の上で相談することができます。

Q. 警告書の文面で気をつけるべき表現はありますか?

A. 「貴社製品は明らかに特許侵害です」「直ちに販売を中止しなければ法的措置を取ります」のような断定的・脅迫的な表現は避けるべきです。「弊社特許との関係において検討が必要と考えており、ご協議の機会をいただきたい」といった、対話を促す表現が望ましいとされています。具体的な文面は必ず弁護士・弁理士に確認してください。

出典:競合先の顧客への特許権侵害通知が不正競争行為に該当——知財高裁が虚偽事実告知行為として差止・賠償を認めた判決