特許侵害訴訟がオンラインに——民事裁判デジタル化で変わる知財紛争の実務

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2026年5月21日、改正民事訴訟法が全面施行され、特許侵害訴訟を含むすべての民事裁判手続きが原則オンラインへ移行した。訴状の提出から送達の受領まで電子化されるこの大改革は、中小メーカーや知財担当者の権利行使の実務を根本から変える。何が変わり、何を準備すべきかを整理する。

何が変わったのか――改正民訴法「全面施行」の概要

2022年5月に国会で成立した改正民事訴訟法は、段階的な準備期間を経て、2026年5月21日に全面施行された。裁判所の公式サイトによれば、この改正により「①電子申立て、②申立手数料の電子納付、③システム送達、④訴訟記録の電子化およびオンライン閲覧」が一斉に実現した。特許侵害訴訟も当然にこの対象となる。

具体的には、これまで紙の書類を裁判所窓口や郵送で提出していた訴状・準備書面・証拠説明書などが、裁判所の電子提出システム「mints(ミンツ)」を通じてインターネットで提出できるようになった。弁護士・弁理士など代理人については電子申立てが義務化されており、企業の知財担当者も代理人経由でこの新しいフローに乗ることになる。

さらに、裁判所からの通知・送達もシステム経由で届く。これは「システム送達」と呼ばれ、従来の紙の郵便に代わるものだ。受け取り確認のタイミングで応答期限が起算されるため、メールの見落としと同様のリスクが生じる点は後述する。

特許侵害訴訟のオンライン申立て:改正後の手続きフロー(権利者側)
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STEP 1:証拠・訴状の準備
侵害品の証拠、特許権の登録証、損害額の算定資料などを電子データで整備。弁護士・弁理士と分担して準備する。
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STEP 2:mintsで電子申立て
裁判所の電子提出システム「mints」を通じて訴状をオンライン提出。手数料も電子納付(収入印紙不要)。書面申立てより1,100円の手数料が安くなる。
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STEP 3:システム送達で期日通知を受領
裁判所からの各種通知・期日呼出しはmints経由で届く。受領確認のタイミングが応答期限の起算点となるため、代理人との確認ルールが重要。
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STEP 4:オンライン期日(ウェブ会議)
弁論準備期日・和解期日はウェブ会議で実施可能。地方の当事者も東京の裁判所に出頭せずに手続きを進めやすくなった。
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STEP 5:判決・訴訟記録の電子閲覧
判決もシステムで送達され、訴訟記録はオンラインで閲覧・ダウンロード可能。紙の書類管理が大幅に削減される。

知財紛争の現場で何が変わるか――権利者・被疑侵害者それぞれの視点

特許権者の立場から見ると、最も大きなメリットは地理的ハードルの低下だ。知財高裁や東京地裁・大阪地裁への提訴には、従来「書類を持参or郵送する」という物理的な手間があった。電子申立てが可能になったことで、北海道や九州の中小メーカーが東京の裁判所に特許侵害訴訟を提起する際の実務負担が軽減される。また、オンラインで訴えを提起した場合には、書面申立てと比べて手数料が1,100円安くなることも確認されている(司法書士会連合会の資料より)。

一方で、被疑侵害者の立場でも変化は大きい。自社が訴えられた際、システム経由で届く訴状や期日通知を確実に受け取り・確認する体制が求められる。紙の郵便であれば「届いた」「届かなかった」が物理的に確認できたが、電子送達は確認操作をしなくても一定条件で「到達したとみなされる」仕組みになっている。特許庁のオンライン発送制度(2026年4月施行)でも同様の到達みなし規定が設けられており、知財実務全体で「電子的な到達管理」が不可欠な時代になったと言える。

なお、民事執行手続(差止の強制執行など)や倒産・家事事件は今回の対象外であり、少なくとも2028年6月までは順次デジタル化が進む予定だ。特許侵害訴訟では本訴・仮処分の申立てが主戦場となるため、実務上の影響はすでに始まっている。

中小メーカーへの実務インパクト――「知らなかった」では済まない3つのリスク

この制度変更が中小メーカーにとって特に重要な理由は、知財紛争の「非対称性」にある。大企業はすでに社内の法務・知財部門が対応を整えているが、中小企業では顧問弁護士や特許事務所との連絡体制が整っていないケースも多い。以下の3点は、今すぐ確認すべき実務上のリスクだ。

  • 【リスク①:電子送達の見落とし】自社が被告となった場合、弁護士がmintsで受領した書類の共有が遅れると、期日対応や答弁書提出のタイミングを逃しうる。顧問弁護士・特許事務所との情報共有ルールを事前に確認しておくことが重要だ。
  • 【リスク②:証拠の電子管理への対応】訴訟記録が電子化されることで、技術資料・設計図面・開発経緯を示す文書もデジタルデータとして提出・管理される機会が増える。自社の技術文書の管理体制が訴訟に耐えうるものかを点検しておきたい。
  • 【リスク③:仮処分申立ての迅速化】権利者側が電子申立てを活用することで、差止の仮処分を迅速に申し立てられる環境が整った。これは「模倣品をすぐに止めたい」権利者にとってはプラスだが、逆に言えば被疑侵害者が気づく前に仮処分が出るスピードが上がる可能性もある。

中小企業・知財担当者が今すぐ取れる5つのアクション

制度変更への対応は「裁判になってから」では遅い。訴訟リスクを抱えるすべての企業にとって、平時から準備できることがある。以下のアクションリストを参考に、自社の態勢を点検してほしい。

  • ①顧問弁護士・特許事務所に「mints対応済みか」を確認する:代理人がシステム送達を受け取る設定をしているか、受領後どのフローで共有されるかを確認しておく。
  • ②社内の技術文書・開発記録をデジタル整備する:先使用権の立証や特許の有効性反論に必要な開発履歴・実験記録を、日付が証明できる形(タイムスタンプ付きのクラウド管理等)で保管する習慣をつける。
  • ③自社の特許ポートフォリオを棚卸しする:権利行使を検討できる特許・実用新案が眠っていないか、INPITの知財総合支援窓口を活用して専門家に相談する(全国47都道府県に無料窓口あり)。
  • ④競合他社・取引先の出願動向を定期的にモニタリングする:J-PlatPatの定期検索機能を使い、自社事業領域に関わる新規出願をウォッチする体制を作る。
  • ⑤仮処分・訴訟のシミュレーションを顧問と実施する:「もし模倣品が出た場合」「もし警告書が届いた場合」の初動フローを、弁護士・弁理士と事前に確認しておく。

「デジタル化=権利行使の民主化」と捉える視点

改正民訴法の全面施行は、単なる手続きの電子化ではない。地方の中小メーカーが東京の法廷で権利を主張するコストが下がり、弁護士・弁理士が複数の書面を同時並行でスムーズに処理できるようになることで、「費用と手間がかかりすぎて訴訟を諦めていた」権利者が実際に動けるようになる可能性がある。

これは裏を返せば、これまで「大企業には刺激したくない」と思って黙っていた中小企業も、正当な権利があれば行使しやすくなる環境が整ったということだ。特許を取得しているが一度も活用したことがない、あるいは競合の模倣行為に気づいているが諦めていた、というケースは少なくない。この制度変更を機に、自社の知財戦略を改めて見直してみることを強く勧めたい。

なお、訴訟を起こすかどうかの判断は費用・期間・勝訴可能性など多角的な検討が必要であり、本記事は法的助言を提供するものではない。具体的な対応については必ず弁護士・弁理士に相談してほしい。

よくある質問

Q. 改正民訴法の全面施行で、特許侵害訴訟の手続きはどう変わりましたか?

A. 2026年5月21日から、訴状の提出・手数料納付・裁判所からの送達・訴訟記録の閲覧がすべてオンライン化されました。弁護士など代理人は電子申立てが義務となっており、書面での郵送提出は原則として不要になっています。地方の中小企業でも東京・大阪の裁判所に提訴しやすい環境が整いました。

Q. 中小企業がまず何をすべきですか?

A. まず、顧問弁護士や特許事務所が「mints(電子提出システム)」に対応しているかを確認し、送達を受け取った際の共有ルールを取り決めておくことが重要です。あわせて、自社の技術文書の電子管理体制と、特許・実用新案の棚卸しを実施することをお勧めします。

Q. 電子送達で「届いていない」という主張はできますか?

A. 電子送達には「到達みなし」の規定があります。システム上で受取可能な状態になれば、実際に確認・開封していなくても一定期間経過後に到達したとみなされる仕組みです。「見ていなかった」では期日や応答期限を逃すリスクがあるため、代理人との連絡体制を事前に整えることが不可欠です。

Q. 仮処分(差止)の手続きもオンラインになりましたか?

A. 民事保全(仮処分)の申立ても今回のデジタル化の対象となっています。一方、強制執行(民事執行)手続きは今回の全面施行の対象外であり、2028年6月までに順次デジタル化される予定です。

Q. 相談先として使えるINPITの支援窓口とはどのようなものですか?

A. INPIT(工業所有権情報・研修館)が運営する「知財総合支援窓口」は全国47都道府県に設置されており、弁理士・弁護士などの専門家が無料で相談に応じます。特許出願の検討から権利活用、侵害対応の初期相談まで幅広く対応しています。

出典:令和8年5月21日施行:改正民事訴訟法の全面施行(民事訴訟デジタル化)——特許侵害訴訟もオンライン申立てへ