審査基準改訂で進歩性判断が変わる

「審査基準改訂で進歩性判断が変わる」のアイキャッチ画像

特許庁は2026年7月1日以降に行われる審査から、改訂版「特許・実用新案審査基準」を運用している。進歩性判断における「阻害要因」の位置づけ変更、拡大先願の審査基準明確化など、出願戦略に直接影響する内容が含まれる。中小メーカーや知財担当者が知っておくべき実務ポイントを解説する。

今回の審査基準改訂とは何か

特許庁は、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会 審査基準専門委員会ワーキンググループ(第18回・第19回会合)での審議を経て、「特許・実用新案審査基準」の改訂案を確定した。令和8年(2026年)4月8日から5月7日にかけて広く意見募集(パブリックコメント)を行ったうえで最終化し、2026年7月1日以降に行われる審査から適用されている。

審査基準とは、特許庁の審査官が出願された発明の「新規性」「進歩性」などを判断するための公式ガイドラインである。法律(特許法)そのものが変わらなくても、この基準が変わると審査の運用実態が変わる。つまり、同じ技術内容の出願でも、基準改訂の前後で審査の結論が変わりうる重要な文書だ。

今回の改訂は特に「進歩性」と「拡大先願」にかかる運用を見直したもので、特許実務者の間では施行前から注目されていた。中小企業・スタートアップにとっても、審査の合否に直結する変更が含まれる。

改訂の3つの主要ポイント

【ポイント①】進歩性判断における「阻害要因」の取扱い変更
従来の審査基準では、先行技術文献に発明を妨げるような記載がある場合、その文献は「引用発明としての適格性を欠く」として、そもそも引用文献の候補から除外される運用がなされていた。今回の改訂でこの「適格性」という概念が削除され、今後は当該先行技術文献は「阻害要因(進歩性を肯定する一要素)」として、他の事情と合わせた総合評価の俎上に乗ることになった。

この変更は一見細かな表現の整理に見えるが、実務上の意味は大きい。旧来の運用では、先行文献の記載に妨害的内容があれば審査官がその文献を「使えない」と判断して引用を断念するケースがあった。改訂後は審査官がその文献を引用しつつ、阻害要因の存在を進歩性あり(特許性あり)の方向で考慮する、という柔軟な総合判断が行われる。出願人の立場からすると、「阻害要因があるから自明ではない」という主張が、従来より明確に審査官の判断プロセスに組み込まれやすくなったとも言える。

【ポイント②】拡大先願における「出願人同一」判断基準の明確化
特許法第29条の2(いわゆる拡大先願)の審査において、「出願人が同一か否か」を審査官が判断する際の基準が明文化された。企業間の共同研究・技術提携が増えるなか、グループ会社間・分社化後の法人間などで出願人の同一性が争われるケースへの対応として、判断の予見可能性が高まる。

【ポイント③】未審査請求の出願に対する「協議指令」の運用変更
同日に複数の出願が競合する場合の協議制度(特許法第39条)について、これまでは相手方が審査請求をしていない場合、審査官は「審査を進められない」と通知して待機する運用だったが、今回の改訂で未審査請求の出願に対しても「協議指令」が発令できるよう変更された。これにより同日競合案件の処理がより迅速化される見込みだ。

中小メーカー・知財担当者への実務的な意味

今回の改訂が「阻害要因」を進歩性の総合評価に組み込む形へと変えた点は、ものづくり中小企業にとってポジティブな側面を持つ。先行技術の中に「〇〇の方向に組み合わせてはならない」といった記述が含まれているケースは、既成技術の転用・改良を得意とする中小メーカーの分野でしばしば登場する。これまでは審査官がその文献を早々に除外し、かえって進歩性の評価がしにくい状況になることもあった。改訂後は「その先行文献自体が組み合わせを阻害している」という事実が、出願人側の有利な要素として正面から評価されやすくなる。

ただし、阻害要因があれば必ず特許が取れるという話ではない。総合評価に組み込まれるということは、審査官が阻害要因の重さを他の要素と比較考量したうえで判断するということだ。自社の発明に先行技術上の阻害要因が存在する場合、その阻害要因を意見書・審判請求書で具体的に論述することの重要性がむしろ増す。弁理士や知財担当者と連携して、どの先行文献にどのような阻害要因が存在するかを整理しておくことが求められる。

また、拡大先願の出願人同一性判断が明確化されたことは、大学発スタートアップや研究機関との共同出願を検討している中小企業にとって意味がある。共同研究成果を出願する際に、グループ会社か別法人かという境界が権利の有効性に影響するリスクを事前に把握しやすくなった。

今すぐ取れる3つのアクション

審査基準の改訂は施行済みであり、2026年7月1日以降に審査が行われた(または今後行われる)すべての出願に適用される。すでに係属中の出願がある場合も対象となりうるため、現在進行中の案件について担当弁理士に状況を確認することが最初のステップだ。

特に、過去に進歩性の拒絶理由通知を受けて応答を検討している出願、あるいは拒絶査定不服審判を検討している出願については、改訂後の「阻害要因」論理を活用した反論が有効かどうかを改めて見直す価値がある。従来の審査基準では使いにくかった先行文献上の阻害要因の記述が、今後の審判・訴訟においても有効な武器になる可能性がある。

新規出願を控えている企業は、先行技術調査の段階で競合文献に阻害要因的な記述がないかを意識的にチェックするよう調査方針を更新しておくとよい。特許庁が公開している改訂後の審査基準(特許庁ウェブサイト)と改訂概要資料は誰でも無料でアクセスできる。まず一次資料を確認し、自社案件への影響を弁理士と議論することを推奨する。

  • 係属中の出願・審判案件を担当弁理士と見直し、阻害要因論を反論に活用できるか確認する
  • 新規出願の先行技術調査で、競合文献中の「阻害要因的記述」を積極的にピックアップする
  • 拡大先願リスクが発生しうる共同研究案件では、出願人同一性の判断基準を事前に整理する
係属中出願を持つ中小企業の見直し手順
1
Step 1:案件リストの棚卸し
現在係属中の出願・拒絶対応中の案件・審判申請検討中の案件を一覧化する
2
Step 2:先行文献の再確認
拒絶理由で引用された先行文献に「阻害要因的な記述(〇〇に組み合わせるべきでないなど)」がないかを弁理士と再チェックする
3
Step 3:反論戦略の更新
阻害要因が見つかった場合、改訂後の審査基準に沿った「阻害要因を根拠とした進歩性あり」の論述を意見書・審判請求書に盛り込む
4
Step 4:新規出願フローへの反映
先行技術調査の段階で阻害要因チェックを標準工程に加え、出願明細書の作成方針を更新する

出典・参照資料

・特許・実用新案審査基準(特許庁):https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/allbm.pdf
・「特許・実用新案審査基準」改訂案に対する意見募集(特許庁、令和8年4月8日):https://www.jpo.go.jp/news/public/iken/260408_tokkyo-shinsakijun.html
・産業構造審議会 知的財産分科会 特許制度小委員会 審査基準専門委員会ワーキンググループ(特許庁):https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/kijun_wg/index.html

よくある質問

Q. 「阻害要因」とは何ですか?具体的に教えてください。

A. 先行技術文献の中に「これらの技術を組み合わせるのは好ましくない」「〇〇の方向には変更できない」といった記述が含まれている場合、その記述が「当業者が先行技術同士を組み合わせる動機を妨げる要素」として機能します。これが阻害要因です。改訂後の審査基準では、この阻害要因の存在が「当業者が容易に発明できたとは言えない」=「進歩性あり」を支持する要素として正面から評価されます。

Q. 2026年7月より前に出願した案件にも今回の改訂は影響しますか?

A. 改訂後の審査基準は「2026年7月1日以降に行われる審査」に適用されます。出願日が改訂前でも、審査が7月1日以降であれば改訂後の基準が使われます。すでに拒絶理由通知が届いている案件や、審判申請を検討中の案件については、担当弁理士に改訂後の基準が適用されるかどうか確認することをお勧めします。

Q. 中小企業が審査基準の内容を直接確認するにはどうすればよいですか?

A. 改訂後の審査基準の全文と改訂概要資料は、特許庁の公式ウェブサイト(jpo.go.jp)から誰でも無料でダウンロードできます。また、特許庁は改訂案に対するパブリックコメントの結果も公開しています。まずこれらの一次資料を確認し、自社の案件への影響については弁理士やINPIT(工業所有権情報・研修館)の知財総合支援窓口に相談することをお勧めします。

Q. 拡大先願の出願人同一性判断が変わったとのことですが、共同出願への影響は?

A. 今回の改訂で「出願人が同一か否か」を判断する際の基準が明文化されました。大学・研究機関との共同出願、グループ会社間での出願、分社化後の法人間での出願などで、従来は曖昧だった「同一出願人」の範囲が整理されています。共同研究成果を出願する予定がある場合は、契約段階で出願人の設定を明確にしておくことが重要です。

出典:特許・実用新案審査基準が改訂——令和8年7月1日以降の審査から適用、進歩性判断の「阻害要因」取扱いなど実務に直結する変更