2026年11月9日、知財実務家向けに「他社の分割出願への対抗策と実務上の留意点」と題したセミナーがオンラインで開催される。分割出願は大企業だけの話ではない。自社の特許出願の管理を誤れば権利化の機会を永久に失い、逆に他社の分割出願に気づかなければ事業が一夜にして侵害状態になるリスクがある。中小メーカーや企業の知財担当者が今こそ押さえるべき実務上のポイントを整理する。
なぜ今「分割出願」が注目されているのか
2026年に入り、ゲーム業界を舞台にした特許訴訟で「分割出願を使った後出しじゃんけん戦略」が広く報じられた。親出願の明細書に記載されていた技術的特徴を、競合製品が登場した後に分割出願でクレームとして権利化するという戦略が、大手企業の間で活発に使われていることが一般にも知られるようになってきた。
こうした潮流を受けて、2026年11月9日には知財実務家向けに「他社の分割出願への対抗策と実務上の留意点」と題したセミナーがオンラインで開催される。IP Forceのイベントカレンダーでも告知されているこのセミナーは、特許戦略を担う知財部門だけでなく、中小メーカーの経営者・技術者にとっても無縁ではない内容だ。
分割出願とは、ひとつの特許出願に複数の発明が含まれている場合などに、その一部を切り出して別の出願として独立させる手続きのことをいう(特許法第44条)。出願日は原出願(親出願)の日まで遡及するため、原出願に記載さえあれば、後から競合製品に合わせてクレームの範囲を調整するという「攻め」の使い方が実務上存在する。
分割出願ができる「期限」と「条件」——ここを誤ると権利化の機会を永久に失う
分割出願が認められるタイミングは、特許法第44条第1項に定められており、大きく三つある。①補正できる時期(審査中)、②特許査定の謄本送達後30日以内、③最初の拒絶査定の謄本送達後3ヶ月以内、の三つだ。いずれも「親出願が特許庁に係属していること」が大前提となる。
ここで特に注意すべきなのが、②の「特許査定後30日以内」という期間だ。たとえ30日の期限内であっても、特許料(登録料)を納付して設定登録が完了してしまうと、その時点で親出願は特許庁への係属を失い、分割出願は一切できなくなる。特許事務所との自動登録料納付の取り決めがある場合は特に要注意だ。
この点について重要な判断を示したのが、知的財産高等裁判所第4部(宮坂昌利裁判長)が令和5年(2023年)9月28日に言い渡した「ギフト資産管理システム」事件の判決である。本件では、出願人が特許法44条1項2号(特許査定後の分割)に基づいて分割出願をしようとしたところ、分割出願に先立って親出願の設定登録がなされていたとして、特許庁が分割出願を却下した処分の是非が争われた。
知財高裁は、特許法44条1項2号の「特許出願人」や「特許出願」という文言は、親出願が特許庁に係属していることを当然の前提とした規定であると解釈し、設定登録後の分割出願を認めなかった特許庁の処分を支持した。つまり、査定後30日以内であっても、設定登録が先に完了していれば分割出願はできない、という解釈が確定している。
なお、令和5年4月1日からは、拒絶査定後の分割出願について「審査中止」の運用が開始されており(特許法第54条第1項の適用)、原出願の拒絶不服審判の結果を待ってから分割出願の審査を進める仕組みが整備されている。ただしこれは拒絶査定後の分割に限った話であり、査定後30日の厳格な期限管理は引き続き必要だ。
他社の分割出願への「対抗策」——中小企業が取れる現実的な手段
問題は、自社が分割出願の期限を守ることだけではない。競合他社が分割出願を使って自社事業を後から狙ってくるリスクへの備えも必要だ。
分割出願の実務的な特徴として、「係属案件(審査中の出願)が存在する限り、いつでも新たな権利が生まれる可能性がある」という点がある。競合他社の出願ファミリーに未審査の分割出願が残っている場合、自社製品の発売後にその特徴をピンポイントで狙うクレームが権利化されるリスクがある。これは大企業が意図的に使う戦術でもある。
対抗策として中小企業が現実的に取れる手段は以下のとおりだ。まず、競合他社の出願ファミリーを定期的に監視し、係属中の出願がないかをJ-PlatPatなどで確認することが基本になる。次に、自社製品に関係しそうな技術分野について、競合他社の出願がまだ審査中の段階であれば、特許庁への情報提供制度(特許法施行規則第13条の2)を活用して先行技術を積極的に提出することも有効な手段の一つだ。
さらに、自社に技術力があるにもかかわらず特許出願をしていない場合、競合他社に分割出願でその技術を後から権利化されるリスクがある。自社の技術を明細書に広く記載して出願しておくことが、守りと攻めの両面で重要だ。技術の実施例だけでなく、その上位概念(より広い技術的範囲)まで明細書に記載しておくことが、後の分割出願戦略の幅を広げる。
- J-PlatPatで競合他社の「出願ファミリー」を定期的に確認し、係属中の案件を把握する
- 競合の審査中出願に対し、特許庁への情報提供制度(特許法施行規則第13条の2)を活用して先行技術を提出する
- 自社出願では、明細書に技術の上位概念まで幅広く記載しておき、後の分割出願の選択肢を残す
- 特許事務所との間で「自動的な登録料納付」ルールを設けている場合は、分割出願の検討期間を確保できるよう事前に確認しておく
- INPITの知財総合支援窓口(無料)に相談し、自社の出願管理や競合分析の体制整備について助言を受ける
中小企業・知財担当者が今すぐ取れる行動
「分割出願は大企業の話」と思っている中小メーカーの経営者も多いが、実態は異なる。自社が特許査定を受けたのに、あわてて登録料を納付して設定登録してしまい、後から「あの技術も分割出願しておけばよかった」と気づいても後の祭りになる。
特に、製品ラインナップが複数ある企業や、今後の製品展開に合わせて権利範囲を調整したい企業にとっては、特許査定が来た段階で「分割出願の可否を検討する時間」をあらかじめ確保しておくことが重要だ。特許事務所との間で「査定後は〇〇日以内に連絡をもらう」「登録料の自動納付前に確認の機会を設ける」といった運用ルールを設けておくことが有効な対策になる。
また、競合他社の係属案件の監視については、J-PlatPatの「経過情報」機能を使えば、特定の出願や出願人に関する手続き履歴を無料で確認できる。費用をかけずにできる基礎的な情報収集として、定期的な確認をルーティン化することをお勧めしたい。
INPITが全国に設置する知財総合支援窓口では、弁理士や知財専門家が無料で相談に応じている。自社の特許管理体制の見直しや、競合他社の出願監視の方法について、まずは窓口で相談することが第一歩となる。なお、本記事は法的助言を目的とするものではなく、個別の出願戦略の判断は専門家に確認されたい。
よくある質問
Q. 分割出願とは何ですか?
A. ひとつの特許出願(親出願)から一部の発明を切り出し、別の出願として独立させる手続きです(特許法第44条)。分割出願の出願日は親出願の日まで遡及するため、当初の出願に記載されていた技術であれば、後から競合製品の登場に合わせてクレームの範囲を調整するといった活用も実務上行われています。
Q. 特許査定が来たら、いつまでに分割出願できますか?
A. 特許査定の謄本が送達された日から30日以内、かつ特許料(登録料)を納付して設定登録が完了する前までが期限です。30日以内であっても、先に設定登録が完了すると分割出願は一切できなくなります(知財高裁「ギフト資産管理システム」事件判決・令和5年9月28日)。特許事務所との登録料自動納付の取り決めがある場合は特に注意が必要です。
Q. 競合他社が自社事業を狙った分割出願をしてきた場合、何かできますか?
A. 競合他社の分割出願がまだ審査中(係属中)であれば、特許庁への情報提供制度(特許法施行規則第13条の2)を使って先行技術を提出し、特許成立を阻止できる可能性があります。すでに特許として成立してしまった場合は、特許無効審判の請求などの手段があります。いずれも弁理士・弁護士への相談が必要です。
Q. 中小企業でも分割出願戦略を活用できますか?
A. 活用できます。ただし費用と効果を慎重に見極める必要があります。まずは自社の既存出願に分割できる技術的内容が残っているか、また競合他社の係属案件がないかを確認するところから始めましょう。INPITの知財総合支援窓口(無料)では、こうした相談にも弁理士が対応しています。
Q. J-PlatPatで競合他社の分割出願を調べるにはどうすればよいですか?
A. J-PlatPat(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)の「特許・実用新案」検索で出願人名や技術キーワードで検索し、ヒットした出願の「経過情報」を確認すると審査の進捗が把握できます。原出願の番号を手がかりに、関連する分割出願をたどって確認することも可能です。
