被災しても権利は守れる——熊本地震と特許手続の救済

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2026年7月28日、熊本県を最大震度7が襲った。翌29日、特許庁はすぐさま被災者向けの手続き救済措置を公表した。拒絶理由通知への応答期限・特許料納付期限——普段は「締め切り厳守」の知財手続きにも、災害時には法律に基づく猶予制度が存在する。被災地の中小企業と、顧客・取引先に被災企業を抱える知財担当者が今すぐ確認すべき内容を整理した。

何が起きたか——令和8年熊本地震と特許庁の即日対応

2026年7月28日16時27分、熊本県宇城市・八代郡氷川町を中心に最大震度7、気象庁マグニチュード7.1の地震が発生した。熊本県では2016年の平成28年熊本地震以来、10年3か月ぶりの震度7であり、県内で3回目の記録となった。国内全体でも、2024年1月の令和6年能登半島地震以来2年6か月ぶりの震度7となる大規模災害だ。

これを受け、特許庁は翌7月29日付で「令和8年熊本地震により影響を受けた手続の取扱いについて」を公表した。過去の大規模災害(平成28年熊本地震、令和6年能登半島地震など)でも同様の対応が即座に取られており、今回も同じ枠組みが適用されている。

一方、経済産業省も同日、熊本県の10市10町1村に災害救助法が適用されたことを踏まえ、日本政策金融公庫・商工組合中央金庫・信用保証協会・よろず支援拠点など、県内の多数の機関に特別相談窓口を設けると発表した。知財手続きの救済措置は、こうした中小企業向け支援策と並行して動いている。

知財手続きに「締め切り」がある理由と、災害時の例外

特許・意匠・商標をめぐる手続きには、厳密な法定期限がつきまとう。拒絶理由通知への応答(補正・意見書提出)、審査請求、特許料の納付……どれも期限を過ぎると権利が消滅したり、出願が取り下げ擬制されたりする。平時であれば「知らなかった」は通用しない世界だ。

しかし、大規模な自然災害が発生した場合は別の話になる。特許庁は「特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律」(特定非常災害特別措置法、平成8年法律第85号)に基づき、被災した出願人・権利者が期間内に手続きをできなかった場合に、期間延長や権利回復の申出ができる制度を整えている。過去の熊本地震(2016年)では、政令で定められた延長期日まで措置が継続された実績がある。

また、これとは別に「震災復興支援早期審査・早期審理」制度も存在する。特許庁は東日本大震災を機に2011年8月から同制度を開始しており、災害救助法が適用された地域に住所・居所を有し、地震に起因した被害を受けた者は、特許・意匠・商標の出願審査や拒絶査定不服審判を通常より短期間で処理してもらうよう申し出ることができる。被災しながらも事業を再建しようとする中小企業にとって、権利化のスピードが競争力に直結する場面では、この制度が大きな武器になる。

被災時の知財手続き救済フロー
1
STEP 1:被害の確認
地震・水害等で業務継続が困難になったことを記録しておく(社屋の被害状況、避難の有無など)
2
STEP 2:期限の洗い出し
J-PlatPatや社内台帳で、今後数か月以内の特許料納付・拒絶理由応答・審査請求の期限を確認する
3
STEP 3:特許庁の災害対応ページを確認
jpo.go.jp「災害関連情報」ページで救済措置の内容・申出方法・延長期日を確認する
4
STEP 4:弁理士・代理人に連絡
代理人がいる場合は速やかに状況を共有。委任していない場合は知財総合支援窓口(INPIT)に相談する
5
STEP 5:申出書の提出
特定非常災害特別措置法に基づく期間延長の申出書を提出。早期審査・早期審理が必要な場合は別途申し出る

被災地の中小企業が今すぐ確認すべき3つのこと

今回の震災を受けて、熊本県内の中小メーカーや企業の知財担当者が実際に取るべき行動は何か。以下に整理した。なお、具体的な手続きの可否については必ず特許庁または弁理士に確認してほしい。

  • 【直近の期限を洗い出す】J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)や社内の期限管理表を確認し、今後数か月以内に到来する拒絶理由通知への応答期限・審査請求期限・特許料納付期限をリストアップする。被災の混乱の中では、うっかり期限を見落とすリスクが特に高い。
  • 【特許庁の災害関連情報ページをブックマーク】特許庁サイトの「災害関連情報」ページ(https://www.jpo.go.jp/news/koho/saigai/index.html)には、今回の令和8年熊本地震への対応を含む最新情報が随時更新される。担当者は毎日チェックする習慣をつけたい。
  • 【早期審査・早期審理の活用を検討】事業再建に直結する特許・商標・意匠の出願がある場合、「震災復興支援早期審査・早期審理」制度の申し出を検討する。申出書の書式は特許庁サイトに掲載されており、手続きの代行は弁理士に依頼できる。

被災地外の企業・知財担当者も「対岸の火事」ではない

今回の措置は直接的には被災者を対象としているが、全国の知財担当者にとっても再確認の機会になる。自社の主要サプライヤーや取引先が熊本県に集中しているケース、あるいは共同出願・ライセンス契約の相手方が被災した場合、相手方の手続きが遅延する可能性を想定した連絡・フォローが必要になる。

また、今回の地震は「自社が被災したときに知財をどう守るか」を事前に考えておくきっかけにもなる。BCP(事業継続計画)の中に「知財手続きの期限管理と緊急時対応フロー」を組み込んでいる中小企業はまだ少ない。弁理士事務所との委任関係を整備しておくこと、期限管理システムを複数人で共有しておくことが、いざというとき権利喪失を防ぐ最低限の備えだ。

さらに、復興局面では新製品・新技術の開発スピードが上がることが多い。過去の震災復興事例でも、被災地の中小企業が新たな製品・工法を開発し、それを特許・意匠で権利化するケースが見られた。早期審査制度を使うことで、通常より短期間で権利化を完了し、模倣を防ぎながら事業を前進させることができる。

まとめ——災害時こそ知財制度の「安全網」を知っておく

令和8年熊本地震は、知財の世界にも影響を与えている。特許庁は発生翌日の7月29日に被災者向け手続き救済措置を発表し、経済産業省も各種支援窓口を設置した。被災した中小企業が意図せず特許権・商標権を失うことがないよう、制度的なセーフティネットは整っている。

ただし制度を活用するには、その存在を知っていることが前提だ。日頃から特許庁の災害関連情報を把握し、弁理士との連絡体制を確保し、期限管理を複数人でカバーする体制を整えること——これが中小企業の知財担当者が今日から取れる具体的な行動だ。

よくある質問

Q. 被災したのに特許料の納付期限が来てしまいました。どうすればいいですか?

A. 特定非常災害特別措置法に基づき、被災したことを理由として特許庁に期間延長の申出ができます。申出書の書式は特許庁サイト(災害関連情報ページ)に掲載されています。具体的な対応は弁理士や知財総合支援窓口(INPIT)にご相談ください。

Q. 震災復興支援早期審査・早期審理とは何ですか?誰でも使えますか?

A. 特許庁が東日本大震災を機に2011年から実施している制度で、災害救助法が適用された地域に住所・居所を有し、地震による被害を受けた出願人が対象です。特許・意匠・商標の出願や拒絶査定不服審判を優先的に処理してもらえます。今回の令和8年熊本地震でも同制度の活用が可能かどうか、特許庁の最新案内を確認してください。

Q. 弁理士に委任していない場合、どこに相談すればいいですか?

A. 全国各地に設置されているINPIT(工業所有権情報・研修館)の知財総合支援窓口で無料相談が可能です。被災地域に近い窓口では、災害時の手続き対応を含む相談に応じています。

Q. 取引先が被災地にあります。共同出願の手続きが心配なのですが?

A. 共同出願の場合、出願人の一方が被災して手続きができない状態でも、もう一方が手続きを進められるケースもあります。ただし、共有特許の取扱いは複雑です。まず相手方の状況を確認し、必要であれば特許庁の救済措置の活用や期限延長の可能性を弁理士に相談することをお勧めします。

出典:令和8年熊本地震により影響を受けた手続の取扱いについて(経済産業省・特許庁、2026年7月29日)