2026年10月7日、知的財産高等裁判所(森冨義明裁判長)は、高知県須崎市が「ちぃたん☆」の運営会社に対して著作権侵害を公言した行為が不正競争防止法上の「営業誹謗行為」にあたると認定し、市に約1887万円の損害賠償を命じる判決を下した。「相手方が権利を侵害している」と公に断言することが、逆に多額の賠償責任を生む——知財担当者が今すぐ確認すべき、知財権行使の落とし穴を解説する。
判決の概要——何が起きたか
高知県須崎市のマスコットキャラクター「しんじょう君」は、ニホンカワウソをモデルに2002年ごろから広報活動に活用されており、2016年の「ゆるキャラグランプリ」で優勝した人気キャラクターだ。一方、カワウソの着ぐるみを使ったキャラクター「ちぃたん☆」は、もともとしんじょう君とコラボしてテレビ出演するなど当初は良好な関係にあった。
関係が悪化したきっかけは、ちぃたん☆がSNSに投稿した草刈り機を振り回すなど過激な動画だった。これをきっかけに須崎市は2019年、著作権侵害を理由に着ぐるみの使用差し止めを求めて提訴。しかしちぃたん☆側は2021年、「著作権侵害があると須崎市が記者会見等で公言し、営業活動が妨害された」として約4300万円の損害賠償を逆請求した。
東京地裁は2025年2月、須崎市が著作権侵害を訴えた行為を不正競争防止法2条1項21号の「営業誹謗行為(虚偽の事実の告知・流布)」と認定し、786万円の賠償を命じた。須崎市が控訴した結果、2026年10月7日の知財高裁判決ではその賠償額が1887万円超へと増額され、須崎市側の請求(使用差し止め等)は棄却された。
判決のポイント①——「黙示の許諾」が著作権侵害を否定した
知財高裁が著作権侵害を否定した核心は「黙示の許諾」の認定にある。須崎市はちぃたん☆の製作経緯を事前に認識した上で、運営会社に対して「特に許可は必要ない」とメールで送っていたことが証拠として示された。市がデザイン案を受け取りながら何ら異議を唱えなかった事実も踏まえ、裁判所は「市は暗に使用を許諾していた(黙示の許諾)」と判断した。
この「黙示の許諾」の概念は、実務上たいへん重要だ。正式な契約書が交わされていなくても、当事者間のメールのやり取り、共同イベントへの参加、商業利用を認識しながら放置した行為など、一連の行動の蓄積が「許諾したとみなされる」根拠になりうる。逆に言えば、将来利用をコントロールしたいなら、曖昧な承認のサインを出してはならないということだ。
判決のポイント②——著作権侵害の「公言」が不正競争になった
この判決で企業の知財担当者が最も深刻に受け止めるべきは、「相手が著作権を侵害していると記者会見で公表した行為」が、不正競争防止法上の営業誹謗行為にあたると認定された点だ。不正競争防止法2条1項21号は、競争関係にある他者の営業上の信用を害する「虚偽の事実の告知・流布」を不正競争と定めており、判決はこれを適用した。
注意すべきは「虚偽の事実」の認定ロジックだ。裁判所が著作権侵害を認めなかった(=侵害がなかった)結果として、「侵害があると告知した事実」が虚偽の告知に転化した。つまり、「相手が侵害していると確信していた」という主観的事情は免責理由にならないのだ。自社の権利を守るつもりの行動が、司法の結論次第で一転して不正競争行為に化けるという、権利行使の本質的なリスクが浮き彫りになっている。
今回の賠償額は1審の786万円から、控訴審の1887万円超へと大幅に増額された。これは権利行使を強行し続けたことが、損害の拡大につながったことを示唆している。
中小企業・知財担当者への実務インプリケーション
「競合他社が自社の権利を侵害している」と感じたとき、担当者はどう動くべきか。本判決は「まず法的評価を確定させる前に、外部に向けて侵害の事実を告知・公表することは控えるべき」というメッセージを明確に発している。仮に最終的に侵害が認められなかった場合、公言した事実そのものが不正競争行為の証拠として積み上げられることになる。
また、キャラクター・ロゴ・デザインなど著作物の二次利用を他者に認める際は、口頭や非公式なメールでの「OK」が後に黙示の許諾と判断されるリスクがある。利用を許可する場合は利用範囲・期間・媒体を明文化した書面を締結し、許可しない場合は早期に明確な異議を文書で通知することが不可欠だ。
- 【行動チェック①】他者の権利侵害を疑ったら、外部発表前に弁理士・弁護士に法的評価を依頼する
- 【行動チェック②】社外への告知は「侵害が認定された後」を原則とし、係争中は慎重な表現に留める
- 【行動チェック③】自社著作物の二次利用を他者に認める際は、口頭・メールの「OK」を書面に転換する
- 【行動チェック④】利用を認めない場合は、認識した時点で速やかに文書で異議を通知し記録に残す
- 【行動チェック⑤】コラボ・共同プロモーション後に関係が悪化した場合も、「黙示の許諾」が成立していた可能性を専門家に確認する
不正競争防止法「営業誹謗行為」とは——条文の基礎知識
不正競争防止法2条1項21号は、「競争関係にある他者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、または流布する行為」を不正競争と定義している。この要件を満たせば、被害者は差止め(3条)と損害賠償(4条)を請求できる。
重要なのは「競争関係」の解釈だ。今回は地方自治体(須崎市)と民間の芸能事務所(ちぃたん☆運営会社)が「競争関係」にあると裁判所が認定した点も注目に値する。ゆるキャラ・マスコットキャラクター同士が観光・グッズ・イベント市場で競合するという実態が考慮されたとみられる。中小企業が自社と競合するニッチな市場で同様の状況に直面した場合にも、本条の適用可能性を念頭に置く必要がある。
なお、今回の判決に不服な当事者がさらに上告する可能性は法制上残されており、本稿執筆時点(2026年10月13日)での確定判決かどうかは公式に確認できていない点を付記しておく。判決の最終的な効力については、最高裁の知的財産裁判例集等の公的情報を随時確認されたい。
まとめ——「権利を持っている」と「権利行使できる」の間にある落とし穴
著作権をはじめとする知的財産権は、「持っていること」と「それを適法に行使できること」は別の話だ。今回の判決は、たとえ自社が真正な権利者であっても、行使の方法・タイミング・表現を誤れば、逆に自社が加害者になりうることを司法が明示した事例として残る。
中小企業にとって訴訟リスクは体力を著しく損なう。「守りたい」という正当な動機を持ちながらも、戦略と手続きの誤りによって数千万円規模の賠償責任を負う事態は避けなければならない。知財権の行使を検討する際には、必ず専門家(弁理士・弁護士)への事前相談を行い、権利評価・法的リスク評価を経た上で戦略を組み立ててほしい。
よくある質問
Q. 「黙示の許諾」とは何ですか?書面がなくても成立するのですか?
A. 黙示の許諾とは、明示的な契約書がなくても、当事者の行動・言動・状況の総体から「許可していたと評価できる」と裁判所が判断するケースです。今回の判決では、市が「特に許可は必要ない」とメールで送り、デザイン案を受け取りながら異議を唱えなかった事実が根拠となりました。書面がなくても成立しうる点が最大のリスクであり、利用を認める際は書面化、認めない際は早期の文書通知が不可欠です。
Q. 自社の著作権を守るために記者会見を開いて侵害を訴えることは違法ですか?
A. 一概に違法ではありませんが、最終的に裁判所が「著作権侵害はなかった」と判断した場合、告知した事実が虚偽の事実の流布(不正競争防止法2条1項21号)として賠償責任の根拠になりえます。今回の判決はまさにそのケースです。法的評価を固める前の外部公表はリスクが高く、専門家への相談と慎重な判断が強く推奨されます。
Q. 中小企業が相手方の著作権侵害を疑ったとき、最初にすべきことは何ですか?
A. まず社外への公表・告知は控え、弁理士または弁護士に相談して侵害成否の法的評価を依頼することが第一歩です。また、過去に自社が相手方の利用を認識しながら放置した事実がないかを内部で確認し、黙示の許諾が成立していないかを精査することも重要です。INPITの知財総合支援窓口では無料の初期相談も受け付けています。
Q. 今回の判決は確定しているのですか?
A. 本稿執筆時点(2026年10月13日)では確定判決かどうか公式に確認できていません。知財高裁判決後もさらに最高裁への上告が法制上可能です。最新の状況は最高裁の知的財産裁判例集(courts.go.jp)でご確認ください。
出典:ちぃたん☆訴訟、知財高裁が須崎市に1887万円の賠償命令——著作権侵害を公言したことが「営業誹謗」と認定(2026年10月7日判決)
