2026年10月26日、内閣府知的財産戦略本部が策定した「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」の届出受付が始まった。罰則はないが、AIを業務に使う企業の知財リスク管理に直結するルールだ。生成AIを「使う側」の中小企業・知財担当者が押さえるべき実務ポイントを整理する。
何が始まったのか——プリンシプル・コードの概要
2026年8月25日、内閣府知的財産戦略推進事務局は「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」を正式に公表した。そして2026年10月26日から、このコードを受け入れる生成AI事業者が内閣府知的財産戦略推進事務局へ届け出る受付が開始された。
このコードは、生成AIを公衆に提供している開発者・提供者を対象とするものだ。日本国内に拠点を持たない海外事業者であっても、日本向けにサービスを提供していれば対象となる。法的拘束力はなく、罰則も設けられていない。採用方式は「コンプライ・オア・エクスプレイン(順守するか、しない場合は理由を説明するか)」と呼ばれる自主規律型だ。
届出を行った事業者は、内閣府の「届出事業者一覧」ページに公表先サイトのアドレスとともに掲載される。受付開始直後は掲載まで時間を要する場合があるとされており、一覧の定期的な確認が実務上は有効だ。
3原則の中身を正確に理解する
プリンシプル・コードは3つの原則から構成されている。それぞれが「生成AIを使う側」の企業にも間接的に影響するため、内容を正確に把握しておく必要がある。
【原則1:透明性の確保のための開示】生成AI事業者は、学習データの種類や取得方法の概要、クローラの名称・識別子、モデルアーキテクチャの概要などを、コーポレートサイト等で誰でも閲覧できる形で公表する。開示できない項目については理由を説明することが求められる。これは、AIを使う企業が「どのデータで学習したか」を一定程度確認できる環境をつくるための措置だ。
【原則2:権利者からの照会への回答】自らの著作権等の権利を守るために、訴訟・調停・ADR(裁判外紛争解決)を現に行っている、または準備している権利者やその代理人弁護士は、照会対象のURL等を示して、当該情報が学習データに含まれているかどうかを生成AI事業者に照会できる。ただし、照会の目的外使用をしない誓約などの要件を満たす必要がある。
【原則3:生成AI利用者からの照会への回答】そのAIサービスを使ってコンテンツを生成した本人が、プロンプトと生成物を示して、同一・類似のコンテンツが学習データに含まれていたかを照会できる枠組みだ。ただし、原則2とは異なり、得られた回答を訴訟・調停・ADRに用いることを目的としないことの誓約が必要とされる。権利者が争うためのルートではなく、利用者が生成物を安心して使えるかを自己確認するためのルートとして設計されている点が特徴だ。
- 原則1:学習データ等の概要をコーポレートサイト等で公開(透明性確保)
- 原則2:法的手続を行う・準備する権利者からの照会に回答(権利者保護)
- 原則3:AIで生成したコンテンツの学習データ該当性を利用者が確認できる(利用者保護)
「使う側」の中小企業・知財担当者にとって何が変わるか
プリンシプル・コードは生成AI「事業者」向けに設計されたルールだ。しかし、社内業務でChatGPTや画像生成AIを活用している中小メーカーや知財担当者にとっても、無関係ではない。
第一に、自社が生成AIで作ったコンテンツ(製品カタログ、技術説明資料、マーケティング素材など)について、「その素材が他者の著作物と同一・類似である可能性」を原則3の照会を通じてある程度確認できる環境が整備されつつある点に注目したい。ただし、照会には誓約が必要であり、万能なツールではない。
第二に、自社が保有するコンテンツ(製品写真、技術論文、デザイン画など)が、無断で生成AIの学習に使われていた可能性を疑う場合、原則2の照会手続が活用できる可能性がある。特に、自社コンテンツをウェブ上で公開している中小企業や、技術情報を積極的に発信しているメーカーにとって、権利保護のための手段が一つ増えた意味は小さくない。
第三に、今後のビジネス上の信頼性という観点もある。取引先や大手企業から「御社が提供するAI生成コンテンツはどのように知財リスクを管理しているか」と問われるケースが増えてくる可能性がある。プリンシプル・コードに届出した事業者のツールを優先的に使う、あるいは使用するAIを取引先に明示する、といった社内運用の整備が求められる時代が近づいている。
「ソフトロー」だからこそ知財担当者がすべき3つのアクション
法的拘束力がないからといって、様子見を決め込むのは得策ではない。ソフトローは、のちに法律・ガイドライン・業界標準として制度化されるステップになることが多い。EUのAI Actも、当初は自主的な行動規範を積み重ねたうえで立法化された経緯がある。プリンシプル・コードも、今後の見直し・更新が予定されており、段階的に実効性が高まっていく設計になっている。
今の段階で知財担当者が取れるアクションは大きく3つある。まず「どのAIツールを業務で使っているか」を棚卸しし、届出事業者一覧に掲載されているかどうかを定期的に確認する習慣を持つこと。次に、自社が保有する著作物・技術情報・デザイン等のウェブ公開状況を整理し、万一の照会に備えて証拠保全の態勢を考えておくこと。そして、社内でAIを使って生成したコンテンツの管理台帳(いつ・どのAIで・何を生成したか)を記録する運用を始めることだ。
なお、プリンシプル・コードへの対応や、自社コンテンツの知財上の取り扱いについて具体的な判断が必要な場合は、弁理士・弁護士等の専門家に相談することをお勧めする。本稿は制度の概要整理を目的としたものであり、個別案件に対する法的助言ではない。
- ✅ 業務で使っているAIツールが届出事業者一覧に掲載されているか定期チェックする
- ✅ 自社のウェブ公開コンテンツ(写真・論文・デザイン等)の証拠保全体制を整える
- ✅ 社内でのAI生成コンテンツについて「いつ・どのAIで・何を生成したか」の管理台帳を作る
出典・参考資料
・内閣官房 知的財産戦略本部「プリンシプル・コードの策定及び届出」https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/ai_kentoukai/
・国立国会図書館カレントアウェアネス・ポータル「知的財産戦略本部、生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コードを公表」https://current.ndl.go.jp/car/284024
・経団連タイムス「AI知財プリンシプル・コード」(2026年2月5日)https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2026/0205_03.html
よくある質問
Q. プリンシプル・コードは中小企業にも直接適用されますか?
A. いいえ。プリンシプル・コードが対象とするのは、生成AIを公衆に提供している開発者・提供者(生成AI事業者)です。生成AIを業務利用する「使う側」の中小企業には直接適用されません。ただし、使用するAIサービスがコードを受け入れているかを確認することで、自社の知財リスク管理に役立てることができます。
Q. 届出した事業者の一覧はどこで確認できますか?
A. 内閣府知的財産戦略推進事務局が運営する「届出事業者一覧」ページに掲載されます。内閣官房知的財産戦略本部のウェブサイト(cas.go.jp)内に設けられています。受付開始直後は掲載まで時間がかかる場合があるとされているため、定期的な確認をお勧めします。
Q. 自社コンテンツが無断で学習に使われていた場合、原則2で照会できますか?
A. 原則2は、訴訟・調停・ADR(裁判外紛争解決手続き)を現に行っている、または準備している権利者やその代理人弁護士が照会できる仕組みです。「無断使用を疑っている」だけでは足りず、法的手続の着手・準備という要件が必要です。具体的な対応については弁理士・弁護士への相談をお勧めします。
Q. コードに届出しない事業者のAIは使わない方がよいですか?
A. 届出の有無だけで安全性を判断することはできません。コードへの届出はソフトロー(自主規律)であり、不届出が直ちに違法を意味するわけではありません。届出事業者一覧は、事業者の透明性への取り組み姿勢を確認する一つの参考情報として活用するのが現実的です。
