特許庁は2026年8月後半、ベンチャーキャピタル(VC)に弁理士・弁護士を派遣してスタートアップの知財戦略を伴走支援する「VC-IPAS」を本格稼働させた。採択されたVC13社に対し、2027年3月まで最大100時間の専門家支援が提供される。このプログラムが意味するのは「知財は出願してから考える」時代の終焉だ。投資判断の上流に知財が組み込まれる今、中小メーカーやスタートアップが押さえておくべきポイントを整理する。
VC-IPASとは何か——制度の骨格を3分で理解する
VC-IPAS(VC collaborating on Intellectual Property Acceleration program for Startups)は、特許庁がスタートアップ支援策の一環として設計した、VCへの知財専門家派遣プログラムだ。弁理士・弁護士などの知財専門家をVCに派遣し、投資前・投資後のスタートアップに対して事業戦略と連動した知財戦略の構築を支援する仕組みである。
2026年度は「半年コース」を基本とし、2026年8月後半から2027年3月5日までの期間で、採択VC1社あたり最大100時間程度の派遣時間が設定されている。採択数は13社で、各社の支援先スタートアップの技術分野等に応じ、2名程度の専門家がアサインされる。テレワークを主体としつつ、キックオフや訪問時には対面支援も行う設計だ。
プログラムの目的は二層構造になっている。第一に、スタートアップの知財戦略を早期から強化して企業価値を高めること。第二に、VCが知財専門家と協働することで、VC側の知財リテラシーと活用実務能力そのものを底上げすることだ。つまり、スタートアップへの直接支援と、VCを通じた間接支援の両方を同時に狙っている。
なぜ「投資前」の知財が問われるのか——背景にある構造変化
従来、中小メーカーやスタートアップが知財専門家と接点を持つのは「出願したいタイミング」か「紛争が起きてから」が大半だった。しかしVC-IPASが示すのは、その前段——すなわち「投資検討段階」から知財の質が評価基準になりつつあるという現実だ。
特許庁が2026年6月に公表した「スタートアップ知財エコシステム形成に向けた課題に対する調査研究報告書」でも、スタートアップの知財活動における課題として「知財を経営・事業戦略と切り離して捉えてしまう」点が指摘されている。VCが投資判断の上流で知財専門家の視点を取り込むことで、技術の模倣耐性・参入障壁の厚さ・ライセンス可能性といった「知財の事業価値」が可視化される構造へと変わりつつある。
中小メーカーの経営者にとってこれは他人事ではない。事業承継や資金調達を将来的に検討する企業であれば、自社の技術・ブランドが「投資対象として評価される知財」になっているかどうかを、今から問い直す必要がある。VC-IPASの稼働は、その問いを突き付けるシグナルだ。
知財担当者が押さえるべき実務ポイント——「見られ方」を変える3つの視点
VC-IPASの本格稼働を踏まえ、知財担当者や経営者が自社の知財を「投資・連携の観点」で棚卸しする際に意識すべき視点を整理する。
- 【技術の模倣耐性を可視化する】自社の特許・ノウハウが「競合に真似されにくい」根拠を言語化できているか確認する。請求項の広さ・回避困難性・秘密管理との組み合わせを含めて整理しておくと、外部の専門家や投資家との対話がスムーズになる。
- 【事業戦略と知財の「接続」を図る】特許ポートフォリオが現在の主力製品・サービスとどう紐づいているかをマッピングする。「出願はしたが使っていない」休眠特許も含め、ライセンス可能な資産がないか洗い出すことが第一歩だ。
- 【知財総合支援窓口・INPITを活用する】特許庁はINPITを通じて全国47都道府県に無料の知財総合支援窓口を設置している。VC-IPASの対象外であっても、中小企業向けに弁理士・中小企業診断士が無料で相談に応じており、「自社の知財をどう整理すればよいか」という入口の相談から始められる。
「支援を受ける側」から「支援を活かす側」へ——中小企業の知財行動指針
VC-IPASはVCへの派遣プログラムであり、中小メーカーが直接申し込める制度ではない。しかし、このプログラムの存在を理解しておくことは、自社が大企業やスタートアップとオープンイノベーションで連携する際に大きな意味を持つ。VC-IPASで鍛えられた知財リテラシーを持つVCや事業会社は、連携相手の知財の質をより厳しく評価するようになるからだ。
特許庁のオープンイノベーションポータルサイトでは、スタートアップと事業会社の連携を念頭に置いた「OIモデル契約書」を公開しており、知財を含む共同開発時のリスク管理の雛形として参照できる。また、特許庁が開発した特許情報を活用したビジネスマッチングレポートは、100社以上の中小・ベンチャー企業・大学等への提供実績があり、大企業とのマッチングを後押しするツールとして機能している。
知財を「守るコスト」ではなく「稼ぐ武器」に転換するには、まず自社の知財の現在地を把握することが不可欠だ。VC-IPASの稼働は、「知財で評価される企業」と「そうでない企業」の差が、これから投資・連携の現場でより鮮明になるという予告でもある。今動けるかどうかが、数年後の差になる。
なお、本記事は特定の出願・権利化の可否について助言するものではない。自社の状況に応じた具体的な対応については、弁理士や知財総合支援窓口への相談を強く推奨する。
よくある質問
Q. VC-IPASは中小メーカーが直接申し込めるプログラムですか?
A. いいえ、VC-IPASの直接の申込対象はVCです。ただし、採択されたVCの支援先スタートアップとして間接的に恩恵を受ける可能性があります。中小メーカーが直接専門家支援を受けたい場合は、INPITの知財総合支援窓口(全国47都道府県、無料)の活用が近道です。
Q. 「投資前デューデリジェンス」で知財を評価されるとはどういうことですか?
A. VCやM&A買収者がスタートアップ・中小企業への投資を検討する際、その技術・製品が競合に模倣されにくいか(FTO=Freedom to Operate)、特許権の有効性・範囲・残存期間などを専門家が調査・評価することです。知財の質が投資判断に直接影響するため、事前の整備が重要です。
Q. 営業秘密として守る場合と特許出願する場合、どちらが有利ですか?
A. 一概には言えません。特許は公開を前提に独占排他権を得る手段で、存続期間(出願から最長20年)があります。一方、営業秘密は非公開で期間制限なく保護できますが、独立開発や逆アセンブルには対抗できません。自社技術の性質・競合動向・事業戦略に応じて判断が必要であり、弁理士への相談を推奨します。
Q. OIモデル契約書はどこで入手できますか?
A. 特許庁の「オープンイノベーションポータルサイト」(https://www.jpo.go.jp/support/general/open-innovation-portal/index.html)で無料公開されています。スタートアップと事業会社の連携を念頭に設計されており、共同研究・秘密保持・知財帰属などの条項の雛形として活用できます。
出典:VC-IPAS:VC向け知財専門家派遣プログラムについて(2026年度)——採択13社への派遣が2026年8月後半からスタート
