令和2年(2020年)4月に施行された改正意匠法により、画像・建築物・内装のデザインが新たに保護対象となってから6年が経過した。特許庁は2026年8月6日、新たな保護対象に関する意匠登録出願動向を更新・公表した。制度の存在は知っていても「自社には関係ない」と見過ごしている中小メーカーや店舗オーナーにとって、出願を検討する好機が静かに続いている。
特許庁が公表した「出願動向」アップデートとは
特許庁は令和元年意匠法改正特設サイトにおいて、2026年8月6日付で「改正意匠法に基づく新たな保護対象等についての意匠登録出願動向」(PDF)を更新した。このPDFは、令和2年4月の改正意匠法施行以降、画像・建築物・内装という3つの新保護対象カテゴリーごとに出願件数の推移や登録事例の傾向を整理したもので、特許庁が周期的に更新している公式統計資料だ。
改正以前の意匠法は「有体物である動産」、つまりモノの形・模様・色彩のみを保護対象としていた。建物(不動産)や、物品に記録・表示されない画像(UIデザイン、アイコン等)、そして店舗やオフィスの内装デザインは、いずれも登録できなかった。令和元年改正はこの壁を取り払い、建築物の外観、内装の全体デザイン、そして物品から独立した画像意匠の3領域を新たに保護の傘に入れた。
今回の更新は「制度の周知」というより「現状把握のためのデータ提供」という性格が強い。つまり特許庁は、新制度を使っている企業・使っていない企業の双方に向けて、出願実態を可視化することで自社の立ち位置を考えるきっかけを提供している。
令和元年意匠法改正——何が変わったのか、おさらい
改正のポイントは大きく3つある。①画像意匠の拡張、②建築物の意匠の新設、③内装意匠の新設だ。それぞれ中小企業にとって何を意味するかを整理しておこう。
【①画像意匠の拡張】改正前は、物品(例:スマートフォン)に表示された画面デザインしか保護できなかった。改正後は、物品に記録・表示されていない状態の画像——たとえばWebサービスのUI、操作パネルのグラフィック、投影されるアイコンなど——も単体で意匠登録できるようになった。製造業でも制御パネルや機器のユーザーインターフェースを開発している企業には直接関係する話だ。
【②建築物の意匠の新設】土地の定着物であり人工構造物であれば、住宅・工場・飲食店・駅舎・橋梁なども意匠登録の対象となった。外観デザインで差別化を図っているショールームや旗艦店を持つ中小メーカー、設計施工を一体で行う工務店・建設会社にとって、模倣対策の有力な手段となる。
【③内装意匠の新設】店舗・事務所・施設の内部を複数の物品・建築物・画像で構成する「内装全体」が一つの意匠として登録できるようになった。カフェ・ホテル・自動車ショールームなど、空間デザインによるブランド価値を持つ事業者は、競合による「丸ごとコピー」を法的に排除できる武器を持てる。
中小メーカー・店舗オーナーへの3つの実務インパクト
制度施行から6年が経過した今も、これらの新保護対象を活用しているのは大手企業や意匠専門の弁理士と連携している一部企業に偏っている傾向がある。中小企業が「使えていない」主な理由として、①そもそも制度を知らない、②「自社の製品は物品だから無関係」と思い込んでいる、③出願コストへの不安——の3点が挙げられる。しかし、見方を変えると次の3つの実務インパクトが見えてくる。
第一に、UIデザインの競争優位を守れる機会がある。製造業でもIoT機器・産業機械・医療機器などのタッチパネルや操作インターフェースを自社開発している企業は多い。そのUIのビジュアルデザインに独自性がある場合、画像意匠として登録しておくことで、競合他社が類似のUIを採用した製品を販売することへの対抗手段を持てる。
第二に、ショールーム・直営店の空間デザインが権利化できる。地方の老舗メーカーや職人系ブランドが展示会や直営ショールームの内装に力を入れるケースが増えているが、その空間ごと真似される危険性は見落とされがちだ。内装意匠の登録によって、特徴的な店舗空間を法的に守ることが可能になる。
第三に、意匠権の存続期間が「出願日から25年」に延長されている点も重要だ。旧法の「登録日から20年」より有効期間が長くなった分、長期にわたるブランド保護戦略に組み込む価値がある。
「自社には関係ない」は危険——見落としやすいケース3選
読者の中には「うちは製造業で店舗もない」「デザインより性能で勝負」と感じた方もいるかもしれない。しかし以下のケースは盲点になりやすい。
ケース①:OEM・受託製造で独自製品をリリースする中小メーカー。量産品の外観デザインに加え、製品に組み込まれた操作パネル画面のUIが模倣された場合、画像意匠の権利がなければ差止が難しい。
ケース②:飲食・小売フランチャイズの本部機能を持つ企業。ブランドの世界観を体現した旗艦店の内装が競合にコピーされるリスクは、フランチャイズ展開を考える企業ほど高くなる。
ケース③:建設・工務店が施主のために設計した特徴的なショールーム。施工実績として外観が広く公開されているが、意匠出願は「出願前に公開した場合でも新規性喪失の例外規定(意匠法第4条)を活用できる場合がある」ことを知っておくと、事後的な保護も検討しやすくなる。ただし例外規定の適用には一定の手続き要件があるため、早期に専門家へ相談することが望ましい。
今すぐできる5つのアクション
「使える」制度を「使っていた」制度に変えるために、以下のステップで自社の状況を点検してほしい。
- 自社の製品・サービスに「画像UI・操作パネル画面・アプリ画面」が含まれるかを棚卸しする
- 直営店・ショールーム・展示スペースなど、空間デザインで差別化している場所を洗い出す
- 特許庁の「改正意匠法に基づく新たな保護対象(画像・建築物・内装)の意匠登録事例」(特許庁公式サイト)を参照し、自社の状況に近い登録事例がないか確認する
- 出願前に公開・公表したデザインがあれば、新規性喪失の例外規定(意匠法第4条)の適用可否を弁理士に確認する
- INPIT(工業所有権情報・研修館)の知財総合支援窓口(全国47都道府県)を活用し、無料相談で方針を固める
パテントリリース編集部からひとこと
令和元年改正から6年。「画像・建築物・内装の意匠」という概念は制度として定着しつつある一方、中小企業の現場ではまだ「特許より遠い話」として意識されていないことが多い。しかし今回の特許庁の出願動向更新が示すのは、大手企業が着実にこれらの権利を積み上げているという現実だ。
中小企業経営者・知財担当者がいま取るべき行動はシンプルだ。まず「自社に登録できるデザイン資産がないか」を一度だけ真剣に棚卸しすること。そこから専門家への相談、そして出願という流れを作れれば、年間の特許料を抑えつつブランドを守る実践的な知財戦略が生まれる。
なお、出願の要否や権利範囲に関する具体的な判断は、弁理士などの専門家に相談のうえ行うことを強く推奨する。本記事は制度理解と自社の棚卸しを促すことを目的としており、法的助言を提供するものではない。
よくある質問
Q. 店舗の内装を改装する予定があります。意匠登録はいつするのがベストですか?
A. 原則として、公開(施工完了・公表)前に出願することが最も確実です。公開後でも意匠法第4条の新規性喪失の例外規定を利用できる場合がありますが、適用には要件と手続きがあります。設計図が固まった段階で早めに弁理士に相談することを推奨します。
Q. 画像意匠を登録しても、競合がデザインを少し変えれば回避できるのでは?
A. 意匠権は「登録意匠と同一の意匠」だけでなく「類似する意匠」にも効力が及びます。どこまでが類似範囲に入るかは個別の判断が必要ですが、権利を持つことで交渉力や差止請求の選択肢が生まれます。権利範囲の設計は弁理士との相談が重要です。
Q. 意匠登録と特許・商標は、どれを優先すべきですか?
A. 保護したい「価値の種類」によって異なります。技術的なアイデアは特許・実用新案、ブランド名・ロゴは商標、デザイン・外観は意匠が適しています。三本柱を組み合わせた多層的な保護が理想ですが、コストと優先度を考慮して弁理士と相談しながら決めましょう。
Q. INPIT(知財総合支援窓口)の無料相談は本当に無料ですか?どんな企業でも使えますか?
A. はい、全国47都道府県に設置されている知財総合支援窓口は、中小企業・スタートアップ・個人事業主などを対象とした無料の相談窓口です。意匠登録の相談はもちろん、特許・商標・ノウハウ管理など幅広いテーマで弁理士や知財の専門家が対応します。INPITの公式サイトから相談窓口を検索できます。
