2026年7月21日、金融庁と東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の改訂版を確定・公表した。5年ぶりの改訂で最も注目すべきは、「知的財産等の無形資産への投資」が取締役会レベルの説明責務として原則本文に明記されたことだ。知財部門が「コスト部門」から「経営の中枢」へ移行するターニングポイントとなりうる。
今回の改訂で何が変わったのか
2026年7月21日、金融庁および東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の2026年改訂版を確定・公表した。2021年6月以来、5年ぶりの改訂となる。改訂案(2026年4月10日公表)に対しては147の個人・団体からパブリックコメントが寄せられ、それを踏まえて確定に至った。東京証券取引所は同日付で有価証券上場規程の一部改正を施行している。
今回の改訂の骨格は「プリンシプル化・スリム化」だ。旧コードは基本原則5個・原則31個・補充原則47個の計83個で構成されていたが、改訂版では基本原則4個・原則26個の計30個に大幅に整理された。細則的な補充原則を廃止し、新たに「解釈指針」を設ける構成に転換している。形式的なコンプライ(遵守)を追うのではなく、原則の趣旨を理解したうえで各社の状況に応じた「実質的なエクスプレイン(説明)」を求める方向へと軸足を移した改訂といえる。
上場会社は遅くとも2027年7月末日までに、改訂版コードに関する事項を記載したコーポレートガバナンス報告書(CG報告書)を提出することが求められる。
知財担当者が見逃せない「原則4-1」の変化
知財・無形資産の観点から最も重要な変化は、取締役会の役割・責務を定める原則4-1の改訂だ。改訂版では、取締役会が経営戦略・経営計画の策定・公表にあたり、「成長投資(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資等)や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかを説明する」責務を負うことが明記された。
旧コードでは、知的財産への投資は補充原則3-1③に「人的資本や知的財産への投資等についても分かりやすく具体的に情報を開示・提供する」という形で盛り込まれていた。つまり、知財情報の開示は「情報開示の充実」という文脈、いわば守りのガバナンスの文脈に位置づけられていた。ところが改訂版では、知財等の無形資産への投資が原則4-1の「取締役会が自ら説明すべき成長投資の構成要素」として再定義された。位置づけが「開示事項」から「取締役会の説明責務・成長投資の柱」へと格上げされたわけだ。
改訂版の解釈指針は、知的財産等の無形資産への投資を「企業の競争力や企業価値向上の源泉」と位置づけ、その「創出・取得・強化・保護・収益化」に戦略的に取り組むことの重要性を強調している。また、成長投資に関する取締役会の役割・責務は①成長の道筋の構築、②実行内容の説明、③配分の不断の検証、という3点に整理されており、一度開示すれば終わりではなく継続的な検証と説明が求められる構造になっている。
なぜ「知財担当者」の仕事が変わるのか
この変化が知財部門にとって大きな意味を持つのは、知財投資の説明責任の主体が「知財担当者」から「取締役会」へと引き上げられたからだ。従来、知財部門が作成した開示資料はIR部門や法務部門の手を経て外部に出ていくケースが多く、取締役会が知財投資の具体的な内容を「自分の言葉で」説明することはほとんどなかった。
改訂後は、取締役会が「知的財産への投資としてどれだけ何に投じ、どのような競争力強化につながるのか」を具体的に説明しなければならなくなる。これは必然的に、知財部門が取締役会・経営企画部門と連携し、知財戦略を経営戦略の中核として言語化・可視化する体制を整えることを求める。日本知的財産協会(JIPA)が2026年5月のパブリックコメントで「原則4-1の解釈指針に対話を補助する部門として『知的財産部門』を追記してほしい」と意見を提出したことも、業界のこうした問題意識を反映している。
「ひな型的な記述を避け付加価値の高い記載とする」方針も明文化されており、他社のCG報告書をそのまま参考にするようなコピー対応では済まなくなる。自社固有の知財戦略をストーリーとして語れるかどうかが、投資家・金融機関からの評価を左右する時代が本格的に到来する。
中小メーカー・知財担当者が今すぐ取れる3つのアクション
「CGコードは上場企業の話では?」と思った中小メーカーの経営者にも、この動きを無関係と切り捨てる理由はない。大手上場企業がサプライチェーン全体の知財戦略を問われる時代に、取引先である中小企業にも「どのような知財を持ち、それをどう活用しているか」という問いが波及してくる。また、IPOや資金調達を視野に入れる企業であれば、今から知財を「経営言語」で語れる体制を作っておくことが差別化になる。以下に、今すぐ動ける具体的な行動を3つ整理する。
- 【知財の棚卸しと価値の言語化】自社が保有する特許・商標・ノウハウ等をリストアップし、それぞれが「どの製品・サービスの競争力と結びついているか」をひと言で説明できる状態にする。これが開示対応の第一歩であり、経営会議で知財を議題にのせる基盤になる。
- 【知財投資額の可視化】研究開発費のうち知財関連コスト(出願費用・維持費・ライセンス費等)を分離して把握し、投資対効果を経営指標として管理できる仕組みを整える。INPITや中小企業庁の知財支援窓口(よろず支援拠点など)を活用すると、外部専門家のサポートを無料または低コストで受けられる。
- 【CG報告書・統合報告書の知財記載を参照・比較】同業の上場企業が2027年7月に提出するCG報告書を事前に参考事例として調査し、投資家が求める知財開示の「水準」を把握しておく。自社のポジションを相対化することで、差別化ポイントの発見にもつながる。
「守り」から「稼ぎ」へ——知財部門の役割が変わる転換点
今回のCGコード改訂は、知財を「守るもの(権利化・侵害対応)」から「稼ぐもの(企業価値の源泉として説明・活用するもの)」へと再定義する流れの、制度的な節目と位置づけられる。2021年のCGコード改訂で知財開示が初めてコードに明記されてから5年。この間、開示の形式は整ったが、「中身が伴っているか」という問題意識が今回の改訂を後押しした。
知財部門にとっては、従来の「特許を取る・守る」という専門職的な役割から、「知財投資が企業価値にどう貢献しているかを取締役会・投資家に説明できる架け橋」としての役割へのシフトが求められている。これは知財担当者のスキルセットや組織内での立ち位置にも変革を迫る。
なお、本記事は制度改正の概要を解説するものであり、個別の法的助言を提供するものではない。自社の開示方針や知財戦略については、弁理士・弁護士・公認会計士等の専門家に相談のうえで対応を進めることを推奨する。
よくある質問
Q. CGコードの改訂は上場企業だけに関係する話ではないのですか?
A. 直接の適用対象は東京証券取引所の上場企業ですが、大手上場企業がサプライチェーン全体に知財戦略の説明を求める流れが強まるため、取引先である中小企業にも間接的な影響が波及します。またIPOや金融機関からの資金調達を目指す企業であれば、今から知財を「経営言語」で語れる体制を整えておくことが競争力につながります。
Q. 2027年7月末までに何を準備すればよいですか?
A. 上場企業はコーポレートガバナンス報告書(CG報告書)に、知的財産等の無形資産への投資方針・具体的な実行内容・配分の検証結果を記載する必要があります。まず自社の知財投資を可視化し、取締役会が「自分の言葉で」説明できるよう、知財部門と経営企画部門の連携体制を構築することが優先課題です。
Q. 「解釈指針」とは何ですか?旧コードの「補充原則」とどう違いますか?
A. 旧コードでは、各原則を補足する細目的なルールが「補充原則」として明記されていましたが、改訂版ではこれらを廃止し、原則の趣旨・意図を説明する「解釈指針」に置き換えました。企業は解釈指針を参考にしながら、各社の実情に合った独自の対応方針を「自分の言葉」で開示することが求められます。
Q. 知財投資の「収益化」という表現はコードに残りましたか?
A. 日本知的財産協会(JIPA)は「収益化」という表現を「活用」に変更するよう意見を提出しました。確定版の解釈指針では知財等の無形資産の「創出・取得・強化・保護・収益化」という表現が使われており、収益化という語は残存していますが、より広い意味での戦略的な活用が求められるニュアンスで文脈に位置づけられています。
