特許庁は、生成AIが第三者によって大量のデザイン案を作成・公開することで企業の意匠権取得が妨げられる問題と、仮想空間(メタバース)上でのデザイン模倣という二つの課題に対応するため、意匠法改正の審議を進めています。第22回意匠制度小委員会が2026年7月に開催予定であり、制度の輪郭が固まりつつある今、製品デザインを持つ中小メーカーが備えるべきポイントを整理しました。
何が問題になっているのか――二つの「デザイン侵食」
製品や建築物のデザインを保護する意匠権は、「新規性」が登録の大前提です。ところがデジタル技術の進展により、この前提を揺るがす事態が現実に起きています。特許庁が問題視しているのは、大きく二つのシナリオです。
一つ目は「生成AIによる先行公開」です。自動車メーカーがモデルチェンジを発表する前に、AIが予測デザインを大量生成してSNSやウェブ上に拡散させると、そのデザインがすでに「公知」となり、本来の開発者が意匠権を取得できなくなるリスクが生じます。これは自動車に限らず、家電・産業機器・日用品など、デザインで差別化するあらゆる製品に当てはまります。
二つ目は「仮想空間での無断模倣」です。メタバース等の仮想空間では、現実のブランド品や製品を模したデジタルアイテムが無断で制作・販売されるケースが増えています。しかし現行の意匠法は物理的な物品を保護対象の中心に据えており、仮想空間上のデジタルオブジェクトには意匠権の効力が十分に及ばないという法的空白が存在します。
審議はどこまで進んでいるか――特許庁の検討状況
特許庁は2024年11月に意匠法改正の方針を表明し、産業構造審議会知的財産分科会の意匠制度小委員会で継続審議を進めてきました。2025年5月の第19回では、「仮想空間におけるデザインを、現行の登録可能類型(操作画像・表示画像)に加え、物品等の形状等を表した画像として保護対象とする」方向性を軸として検討を進めることが確認されました。
具体的には、仮想空間上の物品等の形状等を表した画像に対し、現行意匠制度と同様に「画像として表された物品の用途・機能」を認定したうえで類否判断を行う枠組みが提案されています。たとえば「指輪の形状をした画像であれば装身機能を持つもの」として認定し、保護範囲を画定するアプローチです。
また、生成AIによる新規性喪失問題については、「第三者がAIで生成・公開したデザインによって本来の創作者の意匠権取得が妨げられないようにする」ための制度的措置が検討されています。令和元年意匠法改正で物品から離れた画像自体まで保護対象が拡充されましたが、生成AI時代にはさらなる制度的対応が必要と判断されています。
2026年7月には第22回意匠制度小委員会の開催が告知されており、改正の最終的な輪郭が固まる段階に入っています。法改正が実現すれば、中小メーカーにとって「自社のデザイン資産を守る武器」が大きく強化されることになります。
中小メーカーへの影響――なぜ他人事ではないのか
「生成AIのデザイン先取り問題は大企業だけの話」と感じる経営者も多いかもしれません。しかし実態はそうではありません。むしろ知財専門部門を持たない中小メーカーほど、リスクにさらされやすいと言えます。
理由は出願タイミングにあります。大企業は新製品の量産決定と同時に意匠出願を行うための社内フローが整備されていますが、中小企業では「まだ試作段階だから」「量産が決まってから出そう」と後回しにしがちです。この「出願の先送り」が最も危険です。生成AIは大量かつ網羅的にデザインパターンを生成するため、たまたま自社の開発中デザインに類似したものが公知となるリスクが高まっています。
また、自社製品のデジタル版をメタバース展開したい、あるいは取引先がメタバースへ進出する際に自社部品・素材のデザインをデジタル化したい、というケースも増えています。現行法では仮想空間上のデザイン模倣に対して打つ手が限られていますが、改正が実現すれば、意匠権を使った差し止め・損害賠償請求の道が開きます。
さらに、「AIが生成したデザインと自社製品のデザインが似ている」と指摘される側になるリスクもゼロではありません。意匠権の登録がない状態では、自社が被害者になっても、あるいは巻き込まれたトラブルでも、主張できる権利の根拠が薄くなります。
今すぐ取れる実務アクション――法改正を待たずにできること
意匠法改正の成立を待ってから動き出す、という姿勢は得策ではありません。改正後に新しい保護枠組みを使いこなすためにも、今から準備を始めておくことが重要です。
特に優先すべきは、以下の4点です。
- 【創作記録の保存】製品デザインの検討・修正過程を日時付きで記録・保管してください。スケッチ・CADデータ・打ち合わせ議事録・メールなどが「自社が先に創作した」証拠になります。生成AIによる先取りリスクへの対策でも、創作の主体と時期を証明できることが核心です。
- 【早期出願の習慣化】量産決定を待たずに、試作段階から「出願できるデザインが固まったら即出願」をルール化しましょう。意匠権は出願日基準で新規性が判断されます。一日でも早い出願が、先取りリスクへの最大の防御策です。
- 【画像意匠・部分意匠の活用点検】令和元年改正で画像意匠の保護範囲は大きく広がっています。特許庁が公開している「仮想空間において用いられる画像の意匠登録出願に関するガイドブック」(jpo.go.jp)を参照し、自社製品のUI画面・デジタルコンテンツが保護対象になりうるかを確認してください。
- 【INPIT知財総合支援窓口への相談】全国47都道府県に設置されたINPIT知財総合支援窓口では、意匠の出願相談から侵害対応まで無料でサポートを受けられます。「うちの製品はデザインで勝負しているが意匠権を持っていない」という企業は、まず相談から始めることをお勧めします。
改正後を見据えた戦略的な考え方
今回の意匠法改正の方向性は、単なる「穴塞ぎ」ではなく、デジタル時代のデザイン資産保護の仕組みを根本から整備するものです。仮想空間上の物品画像が意匠権で保護されるようになれば、リアルとデジタルをまたいだブランド戦略が可能になります。
たとえば、実物製品の意匠権と仮想空間上のデジタルモデルの意匠権を組み合わせることで、メタバース上でのデジタルツイン展開や、AR・VRを使った製品体験サービスに対しても法的根拠のある保護を主張できるようになります。これは大企業だけでなく、独自の金型・フォルムを持つ中小部品メーカー、パッケージデザインに強みを持つ食品・日用品メーカーにとっても、差別化を守る武器になりえます。
生成AIの普及は、デザインの「創作コスト」を劇的に下げます。それは競合他社にとっても同じです。独自デザインで優位性を持つ企業が、そのデザイン資産を意匠権という形できちんと記録・保護しておくことの重要性は、今後さらに高まっていきます。法改正の動向をウォッチしながら、自社のデザイン知財戦略を今のうちに棚卸しすることをお勧めします。
なお、意匠法改正の具体的な要件や出願戦略については、弁理士や知財専門家に相談のうえ、個別の状況に合わせてご判断ください。
よくある質問
Q. 生成AIが自社製品に似たデザインを勝手に公開したら、もう意匠権は取れないのですか?
A. 現行法では、公知となったデザインには原則として意匠権を取得できません。ただし、特許庁が検討中の意匠法改正では、こうしたケースでも本来の創作者が保護を受けられる仕組みの整備が議論されています。改正成立前は「AIに先を越される前に出願する」ことが最大の対策です。
Q. 仮想空間(メタバース)で自社製品に似たデジタルアイテムが売られている。今すぐ止められますか?
A. 現行の意匠法は仮想空間上のデジタルオブジェクトへの効力が明確ではないため、意匠権だけで対応するのは難しい状況です。不正競争防止法や著作権法での対応可能性も含め、個別の事情をもとに弁護士・弁理士に相談することをお勧めします。
Q. 意匠権と特許権はどう使い分ければよいですか?
A. 特許権は「技術的なアイデア・機能」を、意匠権は「製品の見た目・デザイン」を保護します。機能的な差別化がある場合は特許出願、外観・形状に強みがある場合は意匠出願と、それぞれを組み合わせて権利のポートフォリオを築くことが有効です。
Q. 意匠出願にはどれくらいの費用と時間がかかりますか?
A. 特許庁への出願印紙代は1件1万6,000円(2026年現在)で、審査期間は通常数か月程度です(特許庁公表の審査スケジュール参照)。弁理士に依頼する場合は別途専門家報酬が発生します。INPIT知財総合支援窓口では、費用感や手続きの流れについても無料で相談できます。
出典:産業構造審議会知的財産分科会第22回意匠制度小委員会開催のお知らせ(特許庁)/生成AIによる知財侵害防止に向けた意匠法改正審議


